■米紙は「金正恩体制内部の亀裂が」と懸念
産経新聞はソウル、北京、ワシントン各支局から、北朝鮮の張成沢氏処刑をめぐる各国メデイアの論調を伝えている。
北京からは「親中派とされた張成沢氏の処刑は、北朝鮮に対する中国の姿勢に影響を与える可能性がある」とし、ワシントンからは「金正恩体制内部の亀裂がこれまで考えられていた以上に深刻になっていることの表れとみられる」(ニューヨーク・タイムズ)、「金正恩第1書記が2年前に政権を引き継いだ後も、政治経済での改革を拒み続ける北朝鮮の政策は変わっていないことの表れだ」(ウォール・ストリート・ジャーナル)としている。
<北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)第1書記の叔父で後見人とされた前国防副委員長、張成沢(チャン・ソンテク)氏がクーデターを画策した「国家転覆陰謀行為」の罪で処刑された。17日に金第1書記の父、金正日(ジョンイル)総書記の死去から2年となるのを前に、実質的なナンバー2だった張氏の粛清を急いだのはなぜか。今後、金第1書記を中心とする独裁体制は完成に向かうのか。“閉鎖国家”の行方を見通すのは困難なだけに、警戒を促す論評が目立った。
□中央日報(韓国)
■金正恩体制の脆弱性示す
張成沢氏の処刑について、韓国紙、中央日報は14日付の社説で、「金正恩一人支配体制を固めるための意図」との見方を示す一方で、「逆説的に金正恩体制の脆弱(ぜいじゃく)性を証明している。金日成(イルソン)主席、正日総書記、正恩第1書記の)血統に対する挑戦は絶対に許されないと確実に示さねばならないほど、金第1書記の『唯一領導体制』がまだ不安定な状態だと見なすことができる」と分析した。
同社説は、北朝鮮が公表した張氏の死刑を言い渡した判決文で「張成沢が内閣総理(首相)になった後、軍隊を動員し政変を起こし、最高権力を奪取しようとする陰謀を計画。本人もこれを認めた」とした部分に注目。「金正恩体制に不満を抱く勢力が党と軍、内閣の広範囲に存在していることを証明するものだ」とした。
さらに、張氏による「国の経済実態と人民生活が破局的になっていくにもかかわらず、現政権はどんな対策も出せないという不満を軍と人民が抱くよう試みた」との自白と、「経済が完全に停滞し、国家が崩壊直前になれば、私(張氏)がいた部署とすべての経済機関を内閣に集中させ首相になろうとした」と語った点を挙げ、「金正恩体制の実質的なナンバー2だった張成沢でさえも、体制存続の可能性に疑問を抱いたということだ」と解釈した。
「金正恩の極端な恐怖政治は当分、権力強化に役割を果たすかもしれない」とする半面、同社説は「深刻な副作用」が不可避であると展望する。粛清の危機にある張氏の勢力だけで2万~3万人に上ると推測し、「生命が脅かされ追い詰められた状況になれば極端な選択も取りうるのが人間だ。このような人々が刃先が向けられても抵抗しないとは考えにくい」とした。つまり、「体制強化のための金第1書記の選択がもたらす、体制不安を増幅させる逆効果の可能性」があるというのだ。
張氏の逮捕・処刑について同社説は「30歳の指導者が率いる金正恩体制では、常軌を逸脱したいかなることも可能という意味だ」と結んだ。(ソウル 名村隆寛)
□環球時報(中国)
■北の政治的安定は皆を益する
親中派とされた張成沢氏の処刑は、北朝鮮に対する中国の姿勢に影響を与える可能性がある。14日付の中国共産党機関紙、人民日報傘下の国際情報紙、環球時報(英語版)の社説の表題は「北朝鮮の政治的安定は皆を益する」。10日付の社説「北朝鮮の安定は中国の利益に符合する」に酷似しているが、内容は明らかに変化している。
10日付の社説では北朝鮮について「突然、軽視するのは誤りだということを強力に証明する」などと暴走を警戒しつつも、「中朝友好と中国の対北朝鮮援助の出発点は、ともに中国の国家利益だ」と主張。30歳の金正恩第1書記を「彼の若さは北朝鮮が未来に向けて進む決定的政治資源となるかもしれない」と肯定的にとらえていた。
さらに、「国際社会は北朝鮮が東アジアに溶け込むよう手助けをすべきだ。この極めて敏感な国を対立の道に押しやってはならない」と擁護。「中朝は金第1書記の早期訪中を促すため積極的に条件を作るべきだ」とまで訴えていた。
これに対し、14日付社説は「金第1書記は絶対的権威を強固なものとし、国家の政治的状況や発展の方向について絶対的な決定権を持っている」と分析。残忍な一面を示した金第1書記の独裁政治の行方に対する懸念をのぞかせた。中国が北朝鮮を支える必要性を認めながら「友好的隣国は新たな挑戦に直面している」「北朝鮮は中国の状況にもっと順応すべきだ」と強調した。
社説が特に指摘するのが、北朝鮮への嫌悪感が膨らむ中国の国内世論だ。近年、北朝鮮が引き起こしてきた一連の騒動に、中国の国民は否定的な態度を示しており、中国政府の対北支援を疑問視する声も広がりかねないという。
「中国は北朝鮮のすべての意見には迎合できない」。14日付社説はこう指摘した。ネット上の世論を無視できなくなった現在、北朝鮮を擁護し続けることは、習近平政権にとっても火薬を抱えることにつながりかねない。(北京 川越一)
□ニューヨーク・タイムズ(米国)
■体制内部に亀裂か
米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は13日の記事で、北朝鮮のナンバー2とされた張成沢氏が処刑されたことについて、北朝鮮問題を専門とするコロンビア大学のチャールズ・アームストロング教授の分析を紹介した。同氏は1950年代の金日成主席による粛清以来の異例の事態であるとした上で「金正恩体制内部の亀裂がこれまで考えられていた以上に深刻になっていることの表れとみられる」としている。
一方、米紙ウォールストリート・ジャーナル(アジア版)は処刑に先立つ9日付紙面でヘリテージ財団のブルース・クリングナー上級研究員の論説を掲載。同氏は張氏の粛清について、金正恩第1書記が2年前に政権を引き継いだ後も、政治経済での改革を拒み続ける北朝鮮の政策は変わっていないことの表れだとしている。
クリングナー氏は今回の粛清について、金第1書記が政敵に包囲された中で張氏を切り捨てたとの見方もあると指摘。金第1書記が数百人もの粛清を重ねてきたことを踏まえ、今回の粛清は「金第1書記が政権内の最年長者でさえ排除する自信を得たことの表れ」とする見方を示した。
張氏が韓国メディアから「改革派」と称されてきたことについて「張氏が経済や政治の改革や(国内外での)強硬な態度を軟化させることを支持していた証拠はない」と反論。金正日総書記や金第1書記も権力を掌握した当初に改革派とみられた時期もあったことに触れ、北朝鮮に改革派がいると想定する見方は「よく見られる希望的観測のひとつだ」と断じた。
クリングナー氏は張氏の粛清は「北朝鮮の政策にほとんど影響を与えない」と断言。北朝鮮がこれまで核実験などの挑発行為で朝鮮半島の緊張を高め、核兵器開発を放棄する意思がないことを宣言してきた強硬路線に変化は出ないとの見方を示した。さらに、北朝鮮が再び挑発行為に踏み切ることは「時間の問題だ」と警戒を促した。(ワシントン 小雲規生)
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