14979 書評『中国 複合汚染の正体』  宮崎正弘

大気汚染ばかりではない、国中がひどく汚染され水も飲めず空気も吸えず。こんなひどい複合汚染が嘗ての世界の歴史に存在しただろうか? 
<福島香織『中国 複合汚染の正体』(扶桑社)>
ともかく壮絶にして凄絶なのである。北京のPM2・5など、裏側の真実を知れば被害は軽いほうである。
汚染、大気汚染、水質汚染、奇病、ガン村、エイズ村、鳥インフルエンザ。そして果てしなき汚職と小役人どもの保身と出世願望により、実態は巧妙に伏せられる。取材は徹底して妨害される。男性記者なら殴られたりする。カメラは壊される。
取材に協力した村人は拷問されるとか、村から追放される。ひどい話しである。これがGDP世界第二位とかの大法螺を獅子吼する大国の実態、報じられることが滅多にない中国の暗黒の部分である。
それにしても女性一人、福島さんは今日も突撃取材のため中国の辺境、奥地、貧困な村々の現場に飛ぶ。こんな勇敢な記者は日本人女性では希有の存在であろう。
これを支えるのは記者魂だが、体力と信念の強さである。
 
ここでちょっと脱線。評者(宮崎)はついに2013年は中国へ行かなかった。疲れたから? 違います。中国はもう終わりなのです。エキサイティングなことは急減し、何処へ行ってもそこそこ面白いけど、もはや取材対象としての中国への関心は薄らぎ、もっとエキサイティングなことが起きているのはアセアン、南アジア、そして中東産油国でしょう。
というわけで中国の奥地の出来事のレポートは福島さんと河添惠子さんに任せて、評者はアジアばかりをまわりました。書評と関係ないことをもうすこし続けますと、安倍首相のアセアン十ケ国歴訪に先んじて、老生はフィリピン、インドネシア、マレーシア、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナム、ブルネイ、シンガポール、ミャンマーを七回に分けて廻り、さらにネパールとスリランカを取材し、師走にはドバイとアブダビ、年が明けて一月には六回目のインド取材、そのあとモンゴルと豪州を予定しております。閑話休題。
福島香織さんの凄いところは、まったく物怖じをしないで突っ込み取材を重ねることだ。
それも日本のメディアが殆ど伝えない河川汚染地域に点在するガン村、奇病の蔓延する地方について、中国のネットで告発がでたりした情報から地名を覚え、また過去の友人関係や噂から仕入れた地名へ飛んでいく。デビュー作『中国の女』も冒頭は河南省エイズ村への進入突撃取材だった。
北京の特派員生活8年の福島さんでも北京の大気汚染では気管支炎にかかった由。また汚染現場への取材では日本からタミフルを持参したほど覚悟を決めての中国行きだった。そうそう、タミフルは評者(宮崎)の友人が手配した。
もちろん中国には福島さんに多くの取材協力者もいるが、目に見えない圧力がかかって、協力を約束した知人でも途中で怖じ気づき、降りてしまうことも屡々ある。
ある時は公安の車両が空いているというので、彼らのアルバイト稼ぎにそれを白タクとしてチャーターし、またある時は奥地のタクシーを乗り換えながら、それでも尾行され、役所に連れて行かれ、フィルムを抜かれそうになったり、けっきょく「この村には汚染はない、病人はいない、誰もガンにはかかっていない」等と嘘ばかりを役人に言われ、夕食を誘われるが、それは嘘を吐いて断り、こんどは尾行をまいて、違うルートから汚染の現場へ近づく。
ところで当該村の書記のオフィスの隣室には、なぜかダブルベッドが置かれていたことも、鋭く観察している。
河はひどく汚染され、工場は夜中に廃液を流す。市場では畸形の魚を売っている。動物も畸形が多く、しかし地元の人は汚染された川の水を飲み、畸形の動物を食べる。仰天である。
ガンが異常に発生している村々ではよそ者を監視するシステムが出来上がっている。とくに新聞記者の出入りを厳格に見張っている。
そしてあることに気がついた。
取材した奥地では地元のタクシーの多くが、汚染を告発してくれと、取材に協力的なことである。反面、村の書記の子分らがどこかで見張っていて汚染工場の写真を撮影したりするとどこからともなく現れる不気味さ。「そこで何をしている」と突然目に前に黒服サングラスの男らが現れる恐怖。『パスポートを見せろ、取った写真を見せろ』
日本にもたしかに水俣病や川崎市や四日市の公害があった。経済成長期にかならずあり、いずれ公害対策に本気で取り組めば解決するだろうという楽観論は、しかし中国ではまったく通用しない。
「複合汚染」の原因は公共意識、公益という概念が中国人に乏しいことが最悪の原因であろうと福島さんは言う。
「こんな複雑怪奇な複合汚染を経験した国はほかにどこにもない。単なる環境技術の移転や法律規範の厳格化では決して克服できないだろう。ましてや中国政府が面子のために打ち出す汚染防止行動計画で13憶人口が吐き出す汚染などコントロール仕切れるわけがない。汚染問題は国民一人ひとりが主体となって『社会のため』という公の意識をもって立ち向かわなければ克服どころか緩和もできまい」。
拡がるのは絶望の近未来である。だから幹部はカネをもって海外へ逃げ出したのだ。そのうち国庫は空っぽになるゾ!
杜父魚文庫

コメント

  1. 梶原 昌治 より:

    宮崎先生のブログは拝読させていただいております。
    中国の有様、”絶望の大陸”と小生は思っております。
    グローバル経済を支えた新自由主義の行き着くところの”デストピア”の姿を呈しているとしか申せません。強欲という名の病原菌に侵されて、共産党と共産党員はゾンビ化しており、バイオハザードの世界よろしく、アリスがゾンビを殺しまくらないと人間は生き残れない世界が中国大陸で現出されてます。
    中国人に生まれなくてよかったというのが小生の率直な感想です。それにしても、共産党と国際金融資本が共同作業でが作り出した”デストピア”は壮絶すぎます。

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