「衣食足りて礼節を知る」・・東京タイムスの政治記者だった早坂茂三さんと、この言葉をめぐっておでん屋で議論したことがある。六〇年安保の頃、もう半世紀も昔のことなった。
熱血漢だった早坂氏とは不思議とウマが合った。元共産党員だった彼の口から支那の『管子』の格言、「倉廩実つれば則ち礼節を知り、衣食足れば則ち栄辱を知る」が出たので少し驚いた。
私は「人はパンのみにて生くる者に非ず」とやり返したが、ともに戦争時代を中学生で経験しているから、精神力だけでは戦(いくさ)に勝てないことを嫌というほど知っている。早坂氏は「フルちゃんらしいな」と言って笑った。
早坂氏が田中角さんの秘書になった時に「衣食足りて・・だな」と言ったら、ニャと笑って「パンのみにて生くるに非ず・・か」と言い返してきた。
その頃には私は福田赳夫さんの担当記者になっていた。角・福戦争の最中に福田氏は”カネ・モノ政治の角栄”と角さんを批判し”心の政治”を唱えた。
正直にいって”心の政治”は漠然としている。庶民にとっては”衣食足りる”方が魅力がある。角・福戦争の第一幕は角さんが勝って自民党を支配した。
話題をがらりと変えてみる。
細川内閣が誕生した時に細川首相は所信表明演説で『質実国家』という言葉を使っている。大量生産・大量消費・大量廃棄という経済社会から転換しなければならないという問題意識を鮮明にした。
細川氏の志は変わっていない筈である。”脱原発”は、その志を示す表現であろう。だが『質実国家』は長引く不況脱出の処方箋にはなっていない。むしろ精神論にとどまっているのではないか。
一方で福田赳夫さんの流れをくむ安倍晋三氏はアベノミクスを掲げて経済再生・不況脱出を目指している。角・福戦争の第二幕は安倍・細川の対決になったと言っていい。まさに攻守ところを変えた。
子細にみれば安倍路線は福田路線の継承とはいえない。財政再建論者だった福田さんからみれば、安倍晋三氏はむしろ”鬼っ子”ではないか。この傾向は父親の安倍晋太郎氏の時にすでに現れている。
安倍晋太郎氏は角・福戦争に終止符を打って、竹下登氏ら田中派との提携に力を注いでいる。当時を思い出すと、清和会に陣どった安倍晋太郎氏のところには千客万来、その奥にあった福田赳夫さんの部屋は閑古鳥が鳴くほどひっそりとしていた。次期総理の名が高かった安倍晋太郎氏だったから当然といえば当然だったろう。
閑古鳥が鳴く福田さんの部屋に小泉純一郎氏はよく顔を出していた。いまになって思うのは福田赳夫氏の愛弟子は小泉さんであって、安倍晋太郎氏でも息子の安倍晋三氏でもなかったということだ。
そうみると細川・小泉提携の必然性は、無理なく納得できる。ただ、いま求められているのはデフレ脱却であり経済の再生であろう。その答えは安倍内閣に対する高い支持率に表れている。
だが、アベノミクスが一定の成果をあげた後には、市場原理主義やグローバリズムに対する”揺れ戻し”がいずれ表面化する。数年以内にその時期がくると思っている。ポスト安倍の担い手は誰なのだろうか。
杜父魚文庫
コメント
先日日本三名園でお茶を一服。店主、「これは国宝作家の作、これは細川護煕の作」と申される。国宝作家の方でお茶を振舞ってくれた。運が良かった。菓子付で800円。