15541 まさか民主主義国家インドで焚書坑儒?   宮崎正弘

■サルマン・ラシュディ『悪魔の詩』迫害のように宗教過激派テロが再来するのか?
あの民主国家インドで想像しにくい事態が起きている。
BJP(最大野党)が五月の総選挙で勝利が予測されているが、党首のモディ師が次期首相になる可能性が極めて高くなった。
ガンディ王朝の嫡孫ラホー・ガンディはいま一歩人気がなく、世論調査で大きく野党のリードを許している。
このような保革逆転予測という政治環境のもと、米国の註インド大使がモディ師と面会した。
モディは2002年の暴動で千名のイスラム教徒が虐殺されたとき大衆を扇動した黒幕といわれ、米国務省は駐デリー米国大使のモディ師への接見を禁止してきた。
ヒンズー至上主義に立脚するモディ師は庶民派であり、経済成長に意欲的だ。
隣国パキスタンやバングラデシュのイスラム過激派の跳梁や、マオイストの暗躍に呼応して、インドでも『名門のお坊ちゃま』より『強いリーダー』を望む声が大きくなった政治的状況の激変は了解できるだろう。
こんなときに象徴的事件が起きた。一冊のヒンズー研究の書物が『ヒンズーの神々を愚弄し、神聖さを冒涜した』として焚書坑儒の憂き目に遭遇しているのだ。
 
ウェンディ・ ドニガー女史はニューヨーク生まれのユダヤ系ヒンズー学者。シカゴ大学でインドの神話、文化、サンスクリット語からの翻訳など世界的に有名なインド学者だが、インドでは「ヒンズー教を理解しているとは言い難く、一段高いところからヒンズー文化を論じるのは許せない」とする批判がかまびすしい。
とくにデリーで開催された世界書籍フェアにヒンズー原理主義グループが押し寄せ、出展元のペンギンブックに対して、ドニガーの新作『ヒンズー もう一つの歴史』の出展を見合わせるよう激しく抗議した。この書物は2011年に出版されたものだが、初版以来、批判が絶えなかった。
けっきょくペンギン側は、抗議グループに折れてドニガーの書籍をフェア会場から引き払ったばかりか、全インドの書展からも撤収を発表した。
▼言論の自由と宗教の神聖冒涜と
インドのマスコミでは侃々諤々の議論に発展し、『報道の自由』『表現の自由』を犯す愚行と批判的なジャーナリストが多い。しかしインド憲法第十九条第二項は「いかなる言論の自由も許されるが、合理的判断において出版を差し止めることができる」とう例外条項があり、かつてサルマン・ラシュディの『悪魔の詩』を世界で最初に発禁処分としたのはインドだった。
ラシュディの著作は予言者モハメッドを愚弄しているとしてイランの狂信的宗教指導者が『死刑判決』をだしたため英国当局はラシュディの逃亡を幇助、しかしトルコなど世界中でラシュディの翻訳者らがテロの犠牲となった。日本でもつくば大学の五十嵐教授が翻訳したためテロの犠牲となったように、世界が顰蹙したことだ。
ウェンディ・ドニガー女史には過去十数冊の著作があり、なかでもヒンズー教徒の死生観、夢、セックスと女性についてなど考察が米国のインド研究者のあいだには評価されている。
『ヒンズー教の神話』(ペンギン・ブックス、1975年)、『マヌ法典』(ペンギン・クラシック、1991年)、『シヴァ: 官能的な禁欲主義者』(オックスフォード大学プレス、1981年)。 『ヒンドゥー教の神話の悪の起源』(カリフォルニア大学プレス、1980年)。『エコー洞窟』(シカゴ大学プレス、1995 年);『神話における政治と神学』(コロンビア大学プレス、1999 年)などアカデミックは著作が多く、世界的評価が高いのである。蛇足だが当該書籍、筆者もアマゾンに申し込んだが品切れである。
杜父魚文庫
  

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