15588 「日米」は片思いか   古沢襄

<安倍晋三首相による靖国神社参拝以降、ぎくしゃくする日米関係。「オバマ政権は日本軽視」「なぜ中国に付け入る隙を与えるのか」という批判が、今も太平洋の両岸で飛び交う。
日本政府関係者は「日米は別れられない夫婦」と関係修復を目指すが、首相側には同盟強化のためコツコツ積み上げた努力が裏切られたような思いがにじむ。日米は首相の「片思い」だったのか。思いが届かない一因は、キューピッド役の不在にもあるようだ。
「日米がいがみ合っていても、喜ぶのは中国だけですよ。『嫌いだ』というだけでは子どもと同じ」
外務省に近い東京・虎ノ門の老舗洋食屋。中堅の外務官僚は、熱々のピザを頬張りながら切々と説いた。普段はワインをがぶ飲みし、こちらが驚くような食欲をみせるのだが、この日はピザの進み具合が悪い。テーブルは不思議な緊張感に包まれている。
この中堅官僚氏自身も、オバマ政権には内心じくじたる思いがある。「あれっ」と強く思ったのは昨年9月のことだという。
当時のオバマ氏は内戦で化学兵器を使用したシリア・アサド政権への軍事介入を決断。しかしロシアの仲介などを受けると約2週間で矛を収めた。
「大統領が『戦争する』といえばできてしまうのが米の怖さ。その牙をあっさりと抜いてしまうとは…。結果が正しかったかは別にして、北朝鮮で何かあったときに頼りになるのか」
もう1つオバマ政権に抱く不信感は、中国との距離感がころころと変わることだ。
中国の習近平国家主席は、米中2カ国で世界を仕切る「新たな大国関係」(G2)が持論。昨年6月のオバマ米大統領とのノーネクタイ会談では「太平洋には米中両大国を受け入れる十分な空間がある」と述べ、日本抜きの国際秩序の再構築を持ちかけた。
「オバマ氏は当時、習氏の誘いを断り、安倍首相も電話で謝辞を伝えた。ただ側近のライス大統領補佐官は昨年11月と今年1月、『新たな大国関係』を部分的に認めるような発言をしている。
私は2カ月に1度程度ワシントンに行くが、中国をどの程度のパートナーと位置付けるのか、米政府要人の意見はまだら模様。人によって強弱が違い、素朴に恐ろしさも覚えますよ」
中国が尖閣諸島(沖縄県石垣市)上空に防空識別圏(ADIZ)を設けたことも、「新たな大国関係」構築への挑戦であることは明らかだ。米国は認めない姿勢を堅持しているが、域内に入る民間航空機の扱いなどで、日米間で足並みは乱れている。
「オバマ氏は国内の内政問題に翻弄され、外交では対中東でも対アジアでも指針がぼやけているように感じる。中国は、この間隙を突く形で『G2』を言い始めた面もあるだろう。今は日米でしっかり連携し、民主主義陣営の結束を強めるのが自明の理なのだが」
安倍首相は、その「自明の理」を第2次政権発足以降、政策の基軸に据えてきた。米軍普天間飛行場の移設推進、集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈の変更、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉…。中国の台頭を念頭に、日米を基軸として、自国がこれまで築いてきた国際的地位を守るための挑戦ともいえる。
マカロニグラタンがやってきた。タマネギの甘さがチーズになじみ、実においしい。中堅官僚氏も「ここのグラタンって、なぜかお袋を感じさせるんですよね」とスプーンをせわしなく動かす。小学生時代、下校すると母親がよく作ってくれたそうだ。
「衛藤晟一首相補佐官じゃないが、私も米国が靖国参拝に『失望』というコメントを出したことに『失望』しましたよ。中国は、日本の力を相対的にそぐため、参拝を対日批判のツールに使っているのに過ぎない。参拝がなくとも今の姿勢を変えるとは思えません。
韓国もそうですね。外務省内にも『もう少しで関係が改善しそうだったのに』と嘆く声があるが、私はそう思わない。米国は安倍首相に『もっと周りの目をみろ』と言いたいのだろうが、中韓は米国が思っている以上に狡猾ですよ。ただ…」
中堅官僚氏が白ワインをひとあおりする。
「私もオバマ政権に不満はあるが、それを表に出して、米側のさらなる『失望』を買っても事態は前に進まない」
外務省を取材していると、中堅官僚氏のような意見は4分の1程度。残り4分の3は、「タイミングが悪い」という考えだ。
日米が靖国の話題に意図的に触れないのも、「もう傷口に塩を塗るな」という遠慮が働いている。「G2」を目指す中国に日本がどう挑むか。参拝にはもっと議論すべき大きなテーマが潜んでいるだろう。ここを腫れ物に触るように通過したら、将来もっと大きな困難に直面しませんか。
「残念ながら…、いや、止めておこう」
ワインを飲み干す中堅官僚氏。そんな何ですか! 言い出したら最後まで言わないと。官僚氏はちびちびグラタンのおこげをかじっている。
「…冷静に2つのことを考えなければならない。1つは今のワシントンでは、中国の国際的な影響力を不可逆的なものと捉え、習氏の唱える『G2』路線を肯定する動きがあること。
もう1つは当たり前の話だが、じゃあ今の日本が『オバマけしからん』といったところで何に頼るんですか。日本一国で世界を相手にできる軍事力もない。日米は別れることのできない夫婦なんだから。衛藤さんも昨年米国を相当丁寧に回ったから、落胆もひとしおだと思う。ただ、ここは苦虫をかみつぶし、夫婦内のケンカを内々にとどめないと」
それこそワシントンの一部に「G2」を許容する考えがあるのなら、無節操な追従は危険でないか。
「別に夫婦ケンカをするなと言っているのではないですよ。安倍首相は、公になっている以上にオバマ政権に対しモノを言っている。ただそれが表に出ては、日米の溝を利用しようとする輩にやられるだけだ。結果的に『G2』の流れも進んでしまう…少し前は米側に、こうしたボタンの掛け違いを調整する人材がいたのですがねえ」
官僚氏は、ヒラリー・クリントン元国務長官と、キャンベル元国務次官補の名をあげた。クリントン氏は尖閣が万一有事となれば、米国として守る姿勢を鮮明にした人物。キャンベル氏は民主党政権が普天間移設で迷走した際、日米間の溝を最小限に抑えるよう奔走したことで知られる。
「2氏とも日米同盟の大切さを理解し、一時の感情を抑えて動いてくれた。今のオバマ政権はラッセル国務次官補が日本への配慮をみせてくれるが、ヒラリー、キャンベル氏ほどではない。もし2氏が政権にいたら『失望』とは違ったコメントがあったのかも。まあ私たちも、もっと関係づくりに努力しなければならないんですがね」
今月17日付の米ワシントン・ポストは、安倍首相が「強硬な国粋主義」に転じたことで、「オバマ政権にとって最も深刻な安全保障上の危機を、アジアで引き起こす可能性がある」と指摘した。
こうした誤解を防ぐためにも、「泣く子は寝かせ」から脱するべきでないか。中国の世界戦略は何か。長い目で、日本としてどう向き合わなければならないのか。それはどう米国の利益にもなるのか。腹を割った話が新たな友情関係にもつながるだろう。腫れ物に触るように議論ができないのなら、今度こそ真の「失望」だ。
「愛とは互いに見つめ合うことでなく、一緒に同じ方向を見つめることだ」
これは「星の王子さま」などで知られる仏の作家、サン=テグジュペリの格言。夫婦はどちらを一緒に向くかが重要なのだ。
中堅官僚氏の苦悩もよくわかる。でも、うーん、もやもや感がどうしても残るなあ。(産経)>
杜父魚文庫

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