■通貨インド・ルピーの下落が経済の停滞を招いた理由は何か?投資の形態にも「印僑」独特のスタイルがあった
インドは政治システムとしては歴史的経緯からも連邦制であり、州によって経済政策に微妙な差違が生じるうえに経済構造そのものがやや不健全な実態がある。とはいえ不動産がGDPの47%もあって、いびつすぎる中国とは比較にならないが。
経済構造上、以下の問題点がある。
第一に農業依存度が依然として高く、コメの輸出国ではあっても、インディカ米は日本には不向き。主食のナンも日本の食生活にはなじまない。多くは産油国やアフリカ諸国への輸出である。
州によっては砂漠地帯で水が枯渇しており、食料を他州から輸入しなければならない。かとおもえば鉱山業が中心で他の産業基盤に乏しいカルナータカ州のような存在があり、凹凸が激しいのである。
第二に貧困層への食料供給が国家予算の大部分をしめるため社会保障、福祉には廻らない。
これがニューデリー中央政府の政治論争の中心議題となり、与野党の対立がつねに起こる。政治の安定は経済の安定によるところが大きいが、これほど民族が異なり言語が22もあり、種族の数は際限がなく、あちこちで宗教対立がおこるため、政党は乱立、つねに連立政権となる。
インドの「国民精神」というものがない。人工的に「インド国民」の精神なるものをつくりだすには中国の軍事的脅威が過度に宣伝される嫌いもある。
第三はGDPに占める観光・サービス(ホテル、通信を含めるとGDPの27・8%)の割合が大きく、同時に金融保険の分野がGDPの18・7%を占める実態もいびつである。
インドがもっとも重視するインフレへの諸外国からの投資はすくなく、むしろ金融、保険、サービス、そしてホテルなど観光分野への投資が際だつ。
製造業は前節でも触れたように、通貨安の影響をもろに受けるため、変動幅が大きい。すなわちインド・ルピーの暴落は、輸入する工業部品、精密機械の精密部品からITパケッッジなどのコスト高をもたらし、輸出競争力が奪われるからだ。
とくに昨今は携帯電話の急激な発達によって、部品を中国からまかなうため貿易赤字が膨らんだといわれる。
反対に通貨安によって鉄鉱石輸出には上向くはずだが、中国の鉄鋼不況により、輸出はむしろマイナスとなった。
こうした難題を克服するためにインドは農業分野の余剰労働人口を製造業に振り向け、第二次産業の自動車、工作機械、医薬、繊維などを重点的に各地域に工業団地を造成し、工業立国のための諸政策を実行してきた。
▼モーリシャスとシンガポールという印僑拠点からの巨大な資金
第四が投資の偏在である。
インドへの投資、あるいはインドからの投資は筆頭がモーリシャス、二位はシンガポールであって、巨大な円借款を投じる日本は三位にすぎない。
なぜモーリシャスか?
インド洋のマダガスカルの東に位置する島嶼国家モーリシャスは、じつはインド人の島である。
遠くは遠洋航海で住み着き、あるいは英国の植民政策によって移住したインド系の人々が、オフショアの強みを生かして金融、企業買収など投資稼業に勤(いそ)しむからである。
その結果、欧米の企業がモーリシャス子会社を通じてインドへ投資するというスタイルが発明され、たとえば米国ブルーリッジ・キャピタルは、モーリシャス経由でインドの「ノボテル」ホテル・チェーンに28億ドルの投資を実行したように、あるいは英国ボーダフォンも同様の手口で、インドの情報通信サービル企業へ投資する。
インド企業もモーリシャスというオフショアにおける子会社を駆使して、さかんに中東やアフリカへの投資を展開している。中国は香港という利便性に富む国際金融市場をかかえるので、この旧大英連邦のメリットを生かして英領ヴィージン諸島経由の投資が際だつが、インドの富裕層や大企業は、インドが大英連邦から脱退しているので、中国のタックスヘブンを殆ど使わない。
▼隙を狙う中国だが。。
2014年月21日、中国の国営プロパガンダ機関、「新華網」はインドに対し「日本を上回る3000億米ドル規模のインフラ建設のための資金提供を持ちかけた」などと報じた。
これまでインドへ巨額の資金援助を申し出ていた中国に対し、インド政府は国家安全上の理由から、とりわけ電信、電力などの重要分野への中国の侵入を拒否してきた。げんに華為技術はインドの枢要な通信システムを盗聴したという容疑で捜査に踏み切っている。
中国が申し出たという(自己申告の)金額は史上空前の3000億ドル規模で、眉唾ものだが、政治宣伝である。日本への揺さぶりを含めていると考えた方が良い。
とくに中国は日本が売り込んできた新幹線プロジェクトの横取りを目指しており、通信とインフラへの参加は無理にしても、汚水処理やトンネル建設において技術支援が出来ると積極的なオファーを続けている。
しかしインド政府、わけても内務省や国防省は、戦略的な安全保証の観点からも中国のいう経済援助を額面通りには受け取っていない。
2000年4月から13年12月までの外国の直接投資のうち、中国からの投資はわずか0.15%にとどまった。同期間の日本の対インド投資は全体の7.3%を占めた。
▼インドが日本に期待するもっとも大きな理由は何か?
インドはたいへんな親日国家であることは何度か述べた。
大東亜戦争の目的は凜として格調高く昭和十八年に東京で開催した「大東亜会議」で述べられている。このとき、日米開戦後であり、日本の正面の敵は蒋介石だけの筈だったのに英米仏蘭が敵にまわった。
インドネシアのスカルノは正式メンバーではなかったが、昭和天皇は皇居に招かれた。
大東亜会議を提唱したのは重光葵で「世界に向けて戦争目的を宣言しなければならない」とした。これに対向して米英とシナがカイロ会談をおこない、日本の目的を否定した。
チャンドラ・ボーズは大東亜会議にオブザーバーとして招聘された。彼の肩書きは「自由インド仮政府国家主席兼インド国民軍最高司令官」だった。ボーズは「インドの独立なくしてアジアの独立なし。この大東亜会議が日出ずる国で開かれたことに意義がある」と演説をなした。
ヘンリー・スコット・ストークスは、この大東亜会議こそ「有色人種が初めて行ったサミット」であり、インドのみならず全世界の非抑圧民族の解放を目指したものであり、この日本の人種差別撤廃をパリ講和会議で列強に採決を求めたが、豪代表は拒否して帰国した。ウィルソン米大統領は日本に撤回を求めたが、採決は十六カ国中、十一カ国が賛成した。
インドは日本がなしたアジア開放を適切に評価している。だから日本に大いなる期待を抱くのである。
杜父魚文庫
15608 インドで何が起きているか、連載(完結編) 宮崎正弘

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