本誌(昨年12月号)に、「アメリカが理想主義を対外政策にすえて、世界に介入するのは、アメリカが2つの広大な海によって守られている島国だからだ」(『地図をひろげて世界のありかたを学ぶ』)と書いたところ、読者からもっと説明してほしいという求めが、寄せられた。
アメリカの行動様式を理解するためには、地理的条件に加えて、アメリカの外交がなぜ理想主義によって駆り立てられてきたのか、アメリカの生い立ちを知らねばならない。
私は12月号で、「もし、ヨーロッパのように力がある国々が犇(ひし)めいていたとすれば、現実から遊離した理想主義によって、取り憑かれることがなかった」と、述べた。
アメリカの地図を見れば、南でメキシコと接し、北にカナダが拡がっている。メキシコの先には太平洋と大西洋によって挟まれた、回廊のような中米があって、弱小国が連なっている。カナダは人口が希薄であってきたし、メキシコや中米諸国も、アメリカに脅威をおよぼすことがなかった。
■アメリカ独立の淵源
アメリカ合衆国史がイギリスから迫害を逃れて、清教徒(ピューリタン)の一団が帆船『メイフラワー』によって、1620年にアメリカの東海岸に到着したことから始まることは、よく知られている。清教徒は同じ新教(プロテスタント)のイギリス国教会(アングリカン・チャーチ)によって、弾圧を蒙っていた。
アメリカは信仰によって、築かれた国だ。清教徒と同じように多くのキリスト教宗派に属する人々が、新大陸が「神によって約束された地(プロミスド・ランド)」であると信じて、渡ってきた。
今日、ヨーロッパでは宗教離れが進んで、大伽藍も観光施設になっているが、アメリカ国民はキリスト教の信仰心がいまだに篤い。
入植者たちは「神から与えられた地」である新大陸に着くと、原住民には迷惑なことだったが、すべて土地であれ、原住民の生命であれ、恣(ほしいまま)に奪った。
高名なイギリスの批評家のG・K・チェスタートン(1874年~1936年)は『合衆国の歴史』で、「インデアンをできるかぎり早く駆除すべき害虫として扱った(ヴァーミン・トゥ・ビー・エクスターミネィテッド)」と、述べている。
もちろん、新大陸に渡ったヨーロッパ人は、白人至上主義を頑くなに信じていた。入植した初期の時期から、黒人奴隷を連れていた。奴隷は家畜だった。インデアンは黒人と違って従順でなかったので、奴隷に適さなかった。
■神が与え給うた明白な運命とは
アメリカの歴史が「マニフェスト・デスティニー」を合言葉として、動かされてきたことは、有名である。日本ではこれまで「明白な運命」とか、「膨張の天命」と訳されてきたが、アメリカ人にとって「神が与え給うた明白な運命」とされた。
アメリカ国民はアメリカの飽くなき領土拡張が、神の意志によるものだと信じてきた。まさに天命である。アメリカ国民は「マニフェスト・デスティニー」という魔法の言葉によって駆り立てられて、国土を太平洋岸までつぎつぎと拡げていった。
1840年代に、メキシコが多くのアメリカ人がテキサスに入り込んで、占拠したのに憤ると、1846年にアメリカ・メキシコ戦争によって、今日のテキサスから、カリフォルニア、ユタ、ネバダ、アリゾナ、ニューメキシコ、コロラドまで手に入れた。
この年にイギリスを威嚇して、戦争を恐れたイギリスから、オレゴンを獲得した。さらに1898年にハワイを奇襲併合し、同じ年にスペインに米西戦争を仕掛けて、フィリピン、グアム島などを奪った。
■マニフェスト・デスティニーにおされて
いまでも、アメリカは「マニフェスト・デスティニー」によって、動かされている。アメリカ国民は全世界が自分のものだと、思っている。
もっとも、帝国主義の時代が終わったから、新しい領土は求めないが、世界をアメリカのビジネスと、“ビッグマック”(マクドナルドのハンバーガー)などの文化のもとに置いて、アメリカ化しようとしている。アメリカ化と民主化は、同じ意味の言葉だ。
ブッシュ(息子)政権が中東を「民主化」するといって意気込んで、アフガニスタンとイラクに大軍を送り込んだように、しばしば軍事介入するのも、そうだ。TPPをはじめとするグローバリゼーションも、まったく同じ情熱から発している。
アメリカ国民は世界をアメリカ化することが、正義であると思い込んでいる。このような理想主義から、世界に対してお節介を焼く。全世界が「約束された地」なのだ。自宗だけを絶対とする一神教に基いて、建国した国だから、自分勝手だ。
しかし、ヨーロッパ諸国も昔は旧教(カトリック)であれ、新教であれ、偏狭なキリスト教の信仰によって、縛られていた。それなのに、どうしてアメリカだけが今日でも、キリスト教から発する情熱を、燃やし続けているのだろうか?
■ルネサンス以降の世界
この疑問に答えるためには、14世紀に始まったルネサンスと、そのあとの啓蒙の時代に、遡らなければならない。啓蒙主義が17世紀から力を持つようになったが、それまでの教会による強固な支配に対して、キリスト教原理主義による拘束から解き放されて、人間の理性と科学を尊ぶようになった。
流血の蛮行だったフランス革命も、啓蒙の時代の申し子だった。フランス革命は「理性の祭典(フェット・ドゥ・ラ・レアゾン)」と呼ばれて、科学的合理主義と「自由、平等、博愛」の標語をかざして、恐怖政治が行われた。神と伝統文化を、否定した。
日本からノートルダム大寺院を訪れる無邪気な観光客が、荘厳だといって感心するが、革命によって「理性の伽藍」と改名され、祭壇が壊され、そのかわりに模造の丘のうえに、「知性に捧げられた」ギリシア神殿のミニチュアが安置され、その右に裸の「理知の女神」像が赤白青の3色の腰布を巻いて立ち、左に「真実の炎」と呼ぶ常明灯がともされた。
19世紀に、ニーチェが「神は死んだ」といって神を否定したのは有名だが、啓蒙の時代が到来するまでは、死後の世界にしか存在していなかった天国が、地上に降ろされた。西洋文明に現われたユートピア願望である。地上に天国(ユートピア)を実現しようとする、共産主義の全体主義運動が、そうだった。ヒトラーのナチス運動も、アリアン人種が世界を支配するユートピアをつくろうとするものだった。
アメリカは善意から発して、世界をコントロールしようとしている。アメリカ国民は世界をアメリカ化することが、人類の世界にわたる進歩(ユニバーサル・ヒューマン・プログレス)であると信じている。アメリカ型に変形した、ユートピア思想なのだ。
この使命感が、アメリカを除くすべての国々の軍事費を合わせたより、大きな国防費によって、支えられている。軍事力が世界に超越していることが、アメリカに傲りをもたらしている。
■理想主義と功利的主義の両輪
アメリカは理想主義的(ユートピリアン)な夢をみるとともに、功利的な(プラグマティック)国である。
かつて西洋列強の帝国主義も、世界をキリスト教化しようという崇高な(信者にとって)大義に隠れて、世界を略奪したが、アメリカのマニフェスト・デスティニーも、通商によって富を獲得したいという打算が、働いてきた。アメリカに独特な理想主義は、力が弱い国としか隣接せずに、2つの大洋が外濠となって守られてきたことによって、培養された。
ペリーが1853年に浦賀沖に投錨した時に、「神がこの素晴らしい地(日本)を創造された。われらの試みがこれまで見離された人々(日本人)を(キリスト教)文明へお導き下さるように」と、日記に記した。
その92年後に、硫黄島で玉砕した海軍司令官の市丸利之助中将が『ルーズベルトに与ふる書』に、「貴下らはなにゆえにこうまで貪欲なるか。われらは東洋のものを東洋に返さんとしているだけだ」と、書いた。この血染めの遺筆は、バージニア州ノーフォークのマッカーサー記念館に展示されている。
杜父魚文庫
15632 アメリカはなぜ世界中にお節介を焼くのか 加瀬英明
加瀬英明
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