15771 オバマ外交の躓きはイラン融和から始まった   加瀬英明

たった3年前まで、オバマ政権は順風満帆であるようにみえた。
オバマ政権は4年前にチュニジアで、“アラブ民主革命”が始まると、“アラブの春”が中東に民主主義をもたらすことになると、期待した。アル・カイーダは退潮にあった。その前年、オバマ大統領がカイロ演説によって、エジプトのムバラク政権を見離したので、軍事政権が倒れ、ムスリム同胞団が自由な選挙によって政権の座についた。
中東に民主化がもたらされると、楽観していた。オバマ政権はアメリカの軸足(ピボット)をアジア太平洋に移し、アメリカ海軍力の60%を、2020年までにアジアに集中するという、「エイシアン・ピボット」戦略を打ち出した。
ところが、中東は“アラブの春”によっていまや安定を失い、大混乱へ向かおうとしている。
中東イスラム圏は、サウジアラビアなどが援けるスンニー派と、イランが支えるシーア派の抗争――死闘が、シリア、イラクで激化して、大きく揺れるようになっている。
イランがシーア派に属するシリアのアサド政権、イラク国民の大多数を占めるシーア派、レバノンのシーア派民兵のヒズボラを援け、サウジアラビアや、湾岸産油国や、エジプトなどのスンニー派諸国が、シリア反体制勢力を支援してきた。これまでアメリカは、サウジアラビアなどの後盾となってきた。
今日の中東の地図は、第1次大戦まで中東を支配していたオスマン・トルコ帝国が敗れて崩壊し、新しい統治者となったヨーロッパ列強が分割して、線引きしたものだ。私はこれからリビア、イラク、シリア、イエメンなどが、宗派、民族、部族によって分裂して、新しい地図が現われると予想する。
リビアが2つか3つ、イラクが3つ、シリアも3つに分かれよう。地図の出版社にとっては嬉しい話だが、その過程で中東が大きく荒れよう。私は中東イスラム圏の研究者であり、1980年代に三井物産と日商岩井(現・双日)の中東の顧問をつとめた。
これからアメリカは、中東で手一杯になる。もうすでに、「エイシアン・ピボット戦略」は絵に描いた餅に近い。
オバマ政権は外交が八方塞りとなるなかで、犬猿の仲だったイランとの関係を修復することによって、人気を回復しようとした。1979年にホメイニ師のイランがアメリカ大使館を占拠して以来、アメリカはイランを敵視して、口をきくことさえなかった。
オバマ大統領がイランのハサン・ロウハーニー大統領と、電話で会話を交したのをきっかけとして、昨年、英仏独、ロシア、中国を誘ってイランと協議して、1月にイランに対する経済制裁を緩和することになった。1972年のニクソン大統領による劇的な米中和解の再演を、狙ったものだった。
だが、イランはあの時の中国とまったく異なる。冷戦時代だった。ニクソンのアメリカと毛沢東の中国は、ソ連に対抗したいという夢をみていた。両国の主敵は、ソ連だった。
ところが、アメリカとイランには共通の主敵がいない。イランの主敵は、アメリカだ。
それに、世界を驚かせた米中接近を演出した、ニクソン大統領の知恵袋で、大統領特別補佐官だったキッシンジャーもいない。ニクソンがアイゼンハワー政権の副大統領として、外交を学んでいたのに対して、オバマは外交のズブの素人(しろうと)である。
オバマは愚かだ。イランの聖職者による政権は、経済制裁によって締めつけられて、苦しんでいた。イランとの和解を進めて、イランが力を吹き返すのに、これまでアメリカの盟友であったサウジアラビアをはじめとするスンニー派諸国は、アメリカに対する不信感を募らせている。

イランが核兵器開発を放棄することは、考えられない。イランが核を持てば、サウジアラビアは核武装すると公言している。
杜父魚文庫

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