いま、中東の枠組が壊われて、「新しい中東」が出現しようとしている。
今日の中東の国境線は、トルコ帝国が北アフリカまで支配していた広大な領土を第1次世界大戦に敗れて失い、イギリス、フランスなどのヨーロッパ列強が分割したことによって引かれた。
それ以来の中東のありかたを壊しつつあるのは、アメリカのユートピア信仰である。アメリカは建国このかた、アメリカに独特なユートピア願望によって取り憑かれてきた。
スンニー派とシーア派の対立
アメリカは21世紀に入ると、中東を民主化することを思い立った。
これからスンニー派とシーア派による抗争が、中東全域に拡大して、大きく揺れることになると思う。
両派はシリアが3年前に内戦に突入してから、シリア、イラク、レバノンを舞台として、激しい戦闘を繰りひろげてきた。
スンニー派とシーア派はイスラム教の2大宗派だが、相手を許すことができない背教徒としてみなしている。イスラム教も、キリスト教も、ユダヤ教から生まれた一神教である。
かつてヨーロッパ全土にわたって、キリスト旧教(カトリック)と新教(プロテスタント)が16、7世紀にかけて30年戦争と宗教戦争を戦ったが、同じような状況が繰り拡げられることになるのではないか。
イランとサウジアラビアが中東における2大陣営の中心となって、シリア、イラク、レバノンで戦っている。
イランは中東最大のシーア派国家だ。イランがシリアのアサド政権と、イラク、レバノンのシーア派の後盾となっている。アサド政権はシーア派の分派のアラウィ派だ。サウジアラビアが湾岸の王制諸国や、エジプトなどとともに、シリアの反体制派と、イラク、レバノンのスンニー派に資金や、兵器を供給して支援している。
レバノンのシーア派民兵の「ヒズボラ」がシリアに入って、戦っている。アラビア語で「神の兵士」を意味するが、ヒズボラはスンニー派にとっては「サタン(シャイターン)の兵士」だ。
■アル・カイーダの影響
シリア内戦が、イラクに拡がっている。シリア反政府派にアル・カイーダなどイスラム過激派が、勢力を大きく伸ばしている。イラクはもともとシーア派が多数を占めてきたが、シーア派のタラキ政権のもとにある。バクダッド西方の要衝であるファルージャに、アル・カイーダの黒い旗が翻るようになっている。
アメリカは今世紀に入ってから、「中東の民主化」を思い立つようになった。
2001年にブッシュ(息子)政権が、ニューヨークのマンハッタンの世界貿易センタービルが、イスラム過激集団によって破壊されると、アル・カイーダの根拠地だった、タリバン政権下のアフガニスタンに攻撃を加えて、タリバン体制を崩壊させた。2003年にその勢いを駆って、イラクに圧倒的な兵力を投入して、サダム・フセイン政権を倒した。
■RMAの威力
1991年に戻ると、この年にサダム・フセイン政権がクエートを侵略したために、ブッシュ(父)政権がアメリカ軍を中心とした多国籍軍を組織して、クエートを短期間で解放した。鎧袖一触だった。イラク軍はまったく無力だった。
アメリカ軍はRMA(レボリューション・イン・ミリタリー・アフェアーズ〈軍事革命〉)と呼ばれる、先端兵器に情報管理技術を組み合わせて駆使した。ワシントンはRMAが、戦争のありかたを一変させたと、誇った。それまでの戦場では機械が主役だったが、ソフトウェアが王者となった。
■中東民主化の使命とは
ブッシュ政権はクエートを解放すると、戦争目的を達したといって、戦闘を停めた。フセイン政権による圧制に対して不満をいだく、イラク民衆が立ち上って政権を倒すと誤算したのが、大きな理由だった。だが、フセイン政権は生き残った。
アメリカは世界第4位の規模をもつといわれたイラク陸軍を粉砕したことによって、軍事力にいっそう自信をいだいた。そして、その10年後のアフガニスタン侵攻の成功によって、さらに自信を強めて、中東を民主化する使命感をいだいた。
1991年のクエート解放作戦は、「オペレーション・デザート・ストーム(砂漠の嵐作戦)」と呼ばれた。その後のアフガニスタン侵攻は「エンデュアリング・フリードム(永続する自由)」作戦、フセイン政権を倒したイラク侵攻作戦は、「イラク・フリードム(イラクに自由を)」作戦と命名された。2つの作戦名が、ワシントンの使命感を物語っている。
ブッシュ大統領は「イラク・フリードム作戦」が終わると、この年5月1日に原子力空母『アブラハム・リンカーン』の飛行甲板に降りて、「使命を果した(ミッション・アンコプリド)」と大かされた横幕の前に立って、意気揚々と「われわれは新しい時代(ニュー・エラ)をひらいた」と宣言した。ワシントンはアフガニスタンと、イラクを容易に制圧したことによって、「新しい中東(ニュー・ミドル・イースト)が生まれる」と、囃し立てた。
私は本誌の前号で、なぜ、アメリカが全世界をアメリカ化しようとするのか、考えた。
ヨーロッパのルネサンスに続いた啓蒙の時代によって、人間の理性が神に代わって生活を律するようになった。それまで天上にあった天国が地上にひきずり降され、地上のユートピア思想に代わった。
マルクスの共産主義による地上天国がその1つであり、アメリカのユートピア願望もその類型だ。
「ユートピア」は14、5世紀にかけて生きた、イギリスの人文学者のトマス・モアの造語であるが、どこにも存在しない、想像の理想社会のことだ。
アメリカのユートピア願望は、イギリスから新天地を求めて脱出した清教徒が、アメリカ東海岸に上陸した時に始まった。新大陸は「神から与えられた地」であり、旧約聖書に描かれた、神に捧げられた「丘の上の輝かしい都市(ザ・シャイニング・シティ・オン・ザ・ヒル)」を建設すべき地だった。
今日でも、アメリカを築いた清教徒たちは、「父祖である巡礼者(ザ・ピルグリム・ファーザーズ)」として敬われている。アメリカが建国されると、世界でただ1つの「神に選ばれた国」であると信じた。
新生アメリカは「神が定め給うた運命(マニフェスト・デスティニー)」に従って、国土を西海岸まで拡げ、さらに太平洋を渡ってハワイ、フィリピンを占領した。アメリカの工業力によって、連合国が第2次大戦に勝つと、20世紀が「アメリカの世紀(アメリカン・センチュリー)」となると信じた。
戦後、冷戦が始まると、アメリカが「自由世界」を一手に守る責任を負い、「世界の警察官」となって、世界が「アメリカによる平和(パックス・アメリカーナ)」のもとに置かれた。
1989年に“ベルリンの壁”が崩壊して、ソ連が消滅した。冷戦の勝利は、アメリカのユートピアの夢の正しさを、立証した。
主敵であるソ連が消滅したのにかかわらず、アメリカは武装を解かなかった。アメリカ軍の規模は縮小されることなく、アメリカ以外のすべての国々の国防費を足したよりも、大きな国防費を支出し続けた。
■グローバルの真の意義
第2次大戦が終わった時のトルーマン大統領から、オバマ大統領に至るまで、歴代のアメリカ大統領がアメリカが世界をつくり変える使命をいだいていると、信じてきた。
今日のアメリカは「グローバル」という言葉を、ことさら好んでいる。「グローバル・ミッション(世界に対する使命)」とか、「グローバル・リスポンシビリティ(世界に対する責任)」「グローバル・リーダーシップ」が、よく使われる。
「グローバル・パワー・プロジェクション」は、世界にわたるアメリカ軍の展開を意味するが、日本をはじめ全世界に展開するアメリカ軍は、まさに「ヒズボラ」(神兵)なのだ。
グローバリズムは、神から授かった「マニフェスト・デスティニー」の別名である。
杜父魚文庫
15772 ニュー・ミドルイースト(新しい中東)が生れる 加瀬英明
加瀬英明
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