<先月15日、新設された中国中央国家安全委員会が初会議を開いた。冒頭、委員会トップの習近平国家主席は「重要講話」を行い、その中で「総体的国家安全観」という耳新しい概念を持ち出した。
一般的に「国家安全」とは、「外部からの軍事的脅威に対する国家の安全」という意味合いで理解されることが多いが、習氏のいう「総体的国家安全」はそれとは異なる。
講話では「政治安全、国土安全、軍事安全、経済安全、文化安全、社会安全、科学安全、生態安全、資源安全」などの11項目を羅列し、それらの「安全」をすべて守っていくのが「総体的安全観」の趣旨だと説明した。
11項目の中で習氏が特に強調しているのが「政治、経済、軍事、文化、社会」の5つである。この5項目の中で外国からの軍事的脅威に対する「軍事安全」以外はすべて国内問題としての「安全」を指しているのだ。
つまり、習氏の「総体的安全観」には主に国内の安全問題が念頭にあることがよく分かる。
そして習氏は、国家安全委員会の主要任務としてとりわけ政治、経済、社会、文化の「安全保障」を強調してみせた。逆に理解すれば、この国の主要な構成部分となる政治、経済、社会、文化の多岐において、国家安全を脅かすような危険要素があまねく存在している、ということになるのだ。
■実は危機的状況、「内なる脅威」抱える習政権の不安定さ
中国の現状はまさにその通りだ。たとえば政治の面では共産党の一党独裁に対する国民の不信感と反発が広がっているのは周知の事実。バブルの崩壊に伴う経済破綻の危険も日々迫っている。
そして文化の面では、娯楽やセックスを追い求める大衆文化が勢いを増し、イデオロギー中心の「官製文化」が無力化していることは1月23日掲載の本欄指摘の通りだ。
社会に関して言えば、年間20万件前後の暴動・騒動事件の発生はまさに、中国社会が大変不安定な危機状態にあることを示している。
人間の体に例えて言えば、今の中国はまさに全身病巣の重病人となったようなものだ。命を支える主要器官のすべてが危険な病気に侵されている状況である。
このような厳しい現実があるからこそ、習氏が認識する国家安全上の危機は外敵からの脅威など単純なものではなく、むしろ国内問題から発する「内なる脅威」が主なのである。
そして、彼と彼が率いる国家安全委員会が、国内危機の対処に精いっぱいであることも容易に想像できよう。
それは日本にとって都合の良いことだ。
中国共産党政権が常に「内なる脅威」にさらされていることが、彼らの進める対外拡張戦略の足かせになっているからである
もう一つ、それほどの「内なる脅威」を抱えている中国が国際舞台での覇権争いで、超大国の米国と伍(ご)してゆくのにはやはり無理がある。
経済と軍事力の大差はもとより、オバマ大統領には、習氏のような国内問題としての「政治安全」や「文化安全」を心配する必要がまったくないから、発揮できる力の差は歴然としている。
われわれは中国の拡張政策の脅威を十分に認識しておきながら、彼らの弱点、アキレス腱(けん)もきちんと把握すべきだ。
中国の実力を過大評価して、あたかもかの国が世界を制覇しているかのような過剰な想像にとらわれることは、中国に対抗して平和と秩序を守るわれわれの固い意志をそぐ意味では、むしろ有害であろう。
とにかく、中国と習氏の覇権主義的危険性と、あやふやな足元の両方をちゃんと見た上で彼らへの対策を考えるのが賢明である。(石平のChina Watch・産経)
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【プロフィル】石平(せき・へい)=1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。
杜父魚文庫
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