15948 「キイ三兄弟の街」キエフ   古澤襄

連日のようにウクライナ・ニュースが紙面を賑わしている。だが日本人はウクライナのことを、どれだけ知っているだろうか。はっきり言って東ヨーロッパの貧しい農業国家の印象しかない。
戦時中のことになるが、大島駐独大使からナチス・ドイツの戦争写真・グラフが送られてきたことがある。ウクライナに侵攻したドイツ軍がウクライナ・ゲリラをつるし首にして殺害していた。ロシア侵攻の前に東欧の穀倉地帯であるウクライナに機械化兵団の軍を進めていた。
このグラフは平凡社の歴史大辞典編集部に資料写真として提供したのだが返して貰っていない。学生アルバイトだったから甘くみられたのであろう。
ウクライナの歴史はロシアよりも古い。二世紀には東ゴート族、四世紀にはフン族の侵入を受けて、この遊牧国家は滅亡している。やがてバザール汗国が勃興し、支配者によるユダヤ教への改宗が進められた。
ヒトラーがウクライナ侵攻でみせた過酷な処刑は、ユダヤ絶滅の意図があったのだろう。これに対して首都キエフのユダヤ系ウクライナ人は墓場に立てこもって壮烈な抵抗戦を行っている。歴史が古いからウクライナの独立心も強い。ソ連はウクライナを併合してその独立心を分裂主義者として徹底的に抑え込んだ。
首都キエフは一五〇〇年の歴史を刻む古都。ウクライナ人は「ルーシ(東スラブ)諸都市の母」と誇り、「同じスラブ人でもウクライナの方がロシアの兄」と自負する。
自負も尊いが、歴史の遺産に寄りかかるよりは、ウクライナが近代国家として脱皮することが大切ではないか。
キエフの呼称にはボリニャーニン族のキイ、シチェク、ホリフ三兄弟が創った街の意味がある。三兄弟に妹のリービンを加えて「キイ三兄弟の街」というのが、言い伝えになっている。
杜父魚文庫

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