16100 書評『暴露 スノーデンが私に託したファイル』   宮崎正弘

■あのスノーデンは米国から「売国奴」とののしられながら、機密情報をなぜ世界に漏洩したのか、錯誤の正義感と使命感から?
<グレン・グリーンウォルド『暴露 スノーデンが私に託したファイル』(新潮社)>
スノーデン事件は世界に衝撃をもたらし、オバマ外交は一時的に頓挫を余儀なくされた。なにしろ同盟国の指導者の携帯電話も米国は盗聴していたのだ。とりわけドイツのメルケル首相は怒った。うまい演技だったとする見方も有力だが・・・。そしてクリミア、ウクライナ問題で欧米の制裁決議に温度差が露呈した。
衝撃は四つある。
第一に米国内で機密情報に接する仕事に従事している関係者は30万人とも言われているが、かれらの任務遂行を脅かした。米国マスコミ、議会はスノーデンを犯罪者扱いするばかりと想像されたが、なんと連邦議員の多くが逆にNSAの予算削減を提案した。先頭に立ったのは保守派でティーパーティに近いロン・ポール議員だった。
あまつさえ西海岸を中心にスノーデンの行為を英雄視する向きも顕著となり、ハリウッドで映画化されるという時代の空気の激減ぶりがある。アメリカはWASP主導の国ではなくなったのだ。
第二にグーグルやマイクロソフト、アップル、ヤフーがNSAに協力していたことが暴露され、世界市場で米国製が悪影響を受けた。
第三は同盟国の指導者の電話も盗聴してきた事実がばれて、米独関係が一時的に冷却するなど、計り知れない外交上のデメリットが生まれた。(とはいえ、橋本政権のとき既に米国が日本のあらゆる機関を盗聴していることを認識しており、その後、日本の政治家と高級官僚は電話での会話内容に注意しており、ドイツは知らなかったジェスチャーで外交得点をあげただけで事前から知っていたのである。ちなみに「ミスターYEN」といわれた榊原英資(当時財務官)はワシントンから本庁への電話も小銭をジャラジャラもってホテル近くの公衆電話からかけたことを回想録に記している)。
第四にスノーデンの秘密暴露によって中国と露西亜がおおいに得点を挙げた。とくに中国は習近平とオバマ会談の直前であり、米国側は中国のハッカー攻撃を正面から非難できなくなった。
またスノーデンはその後、ロシアへ亡命した。
総じて言えることは「個人のプライバシーが監視されていることであり、これはジョージ・オーエル『1984年』の世界ではないか」という不安と疑問が西側社会に広がったことである。
さて本書はスノーデンが暗号によって、筆者グレンにネットを通じて接触をしてきた時期から、これは本物という臭いをかいで香港のホテルで十日間をインタビューと検証に注ぎ込み、その過程での出来事を基軸に前半部を仕上げている。
著者のグレンはニューヨーク生まれだが、ブラジル在住で、英紙『ガーディアン』に寄稿するジャーナリスト兼弁護士。世界の機密情報の専門記者としてブログを持つ。
▲最初の暗号名は「キンキナトゥス」だった
スノーデンは最初「キンキトゥス」と名乗って接触してきたという。でも「キンキナトゥス」って?
キンキナトゥスは紀元前五世紀ごろの農民上がり、ローマを外敵から守ったが、「ローマを滅ぼすと、ただちに進んで政治権力を返上し、ふたたび農民にもどった」として英雄視される。
ではなぜ、スノーデンはスクープ先のメディアを米国の新聞をえらばす、漏洩報道メディアを英国に絞り込んだのか?
その理由はすっぱ抜きで有名な「ワシントンポスト」が「体制派メディアが政府の秘密を報道するときの暗黙のルールに律儀にしたがう」であろうと推測できたからで、また事件直後から、むしろスノーデン攻撃に躍起だった「ニューヨークタイムズ」も同じ理由。現に後者は2004年のNSAの捜査令状なしの盗聴事件のすっぱ抜きをブッシュ政権の圧力で十五ヶ月も待たされ、ブッシュ当選後に報道した「前科」があった。
しかし本書には書かれていないが、他方において米国のネット偵察により、中国の共産党高官が一兆ドルを海外に運び出して密かに隠匿している証拠もつかんでおり、また欧米が導入を禁止している中国の華為技術などが、「トロイの木馬」だと繰り返し批判されているのも、当局が「たしかな証拠」を握っているからであろう。
評者(宮崎)は嘗て拙著『ウィーキリークスでここまで分かった世界の裏情報』(並木書房)のなかでも指摘したことだが、アサンジをひたすら「英雄視」する左翼ジャーナリズムとは一線を画したいし、スノーデンの行為も素直に賞賛する気持ちはない。国家の機密を自らの明確な意志で漏らしたことは祖国への裏切りである。
古来より基本的に国家には機密があるものであり、機密のない日本が、世界の裏側におきている実態を知ることは果てしなく重要なことではある。だから本書の読後感を率直に言えば後味が悪い。
杜父魚文庫

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