<[ローンセストン(オーストラリア) 29日 ロイター]歩み寄りのない争いというものは、自身の勝利を確信している当事者がいる限り、解決に至ることはほとんどない──というのが近年の歴史から得られる教訓だ。
南シナ海での領有権争いについても同様のことが言えるだろう。中国と隣国による対立的な状況はますます深まる中、いずれの国も互いが受け入れられない主張をいまだにぶつけ合っている。
最近では、中国が、ベトナムも領有権を主張する海域に石油掘削装置(リグ)設置を強行。ベトナムは、今月26日にリグ付近で同国の漁船が中国船に体当たりされ沈没したと発表したが、中国側はこれを受け、ベトナムの漁船が中国船に「妨害行為」を行い、衝突後に転覆したと非難した。
南シナ海で領有権をめぐって対立しているのは中国とベトナムだけではない。フィリピン、マレーシア、ブルネイ、台湾も南シナ海で領有権を持つとし、同域の9割が自国の海域とする中国の主張を拒否している。
中国はまた、東シナ海の尖閣諸島(中国名・釣魚島)をめぐって日本と対立している。中国国防省は25日、日本の自衛隊機が中国の防空識別圏(ADIZ)に侵入し、「危険な行動」を取ったため、緊急発進(スクランブル)で対応したと発表した。
対立の背景を理解するには、何をめぐって争われているのかを把握することが最も重要だ。
経済面では、南シナ海には豊富な石油・ガス資源が埋蔵しているとみられる。米エネルギー情報局(EIA)は、石油の埋蔵量が110億バレル、ガスの埋蔵量が190兆立方フィートに上る可能性があると推計している。
中国にとっては、大規模な石油・ガス田の開発には明らかな利点がある。しかし、ベトナムもフィリピンもエネルギー資源を渇望している。
政治面では、アジア最大の経済国として域内でより主導的な役割を担うべきだという考えから、中国は以前に増して主張を強めているように見える。
中国はまた、さらに強引な行動に向けて能力を向上させるため、そして日本やフィリピン、オーストラリアを同盟国に持つ米国の影響力に対抗するため、軍事増強も大幅に進めている。
東南アジアの小規模な国には、中国の「弱い者いじめ」に抵抗するような態度が見て取れる。いじめっ子に立ち向かわない限り状況は変わらないという、世界中の子どもたちが遊び場で習得する対応策だ。
しかし南シナ海は校庭ではなく、状況は漁船転覆から軍事的な小競り合い、そして最終的には本格的な衝突につながるという懸念はまっとうなものだ。
主な問題は、勝利する国はないということに関係国が気付いていないことだ。
米国が関与しないと仮定した場合、中国は軍事衝突が起こればほぼ確実に勝利が見込まれる一方、東アジア地域では「のけ者」扱いされ、政治的にも経済的にも負けを喫するだけでなく、欧州連合(EU)などとの貿易関係にも影響が及ぶだろう。
一方、ベトナムやフィリピンなどの国は、中国が強力な大国であるという現実と、同国との関係強化が経済的発展につながるということを認識しなくてはならない。
<指導力の欠如>
南シナ海の領有権対立は衝突に発展する必然性はないが、全ての当事国による指導力と歩み寄りが不可欠となる。ただ、現時点ではそれは不可能のようだ。
フィリピンは、排他的経済水域(EEZ)内での資源探査の権利認定を求め、国連海洋法条約に基づき仲裁裁判所に提訴した。
南シナ海をめぐる問題は、複数の国が小規模の島や礁での資源探査の権利を主張していることだ。裁判がフィリピンに有利な結果になったとしても、裁判所の決定を実行に移す仕組みが整っていないため、その判断がどれほど価値のあるものかは疑わしい。
筆者が最善と考えるのは、全ての当事国が参加する協議の場を持ち、誰もが恩恵を受けることのできる解決策を検討することだ。多国籍企業に資源探査の独占権を与え、生産量と利益を共有するという仕組みや、資源開発活動を調整し、相互合意に基づく紛争解決を進める多国間協力機関を設立する取り組みなども、実現可能かもしれない。
しかし、解決に向けたこれらの取り組みは、誰かが圧勝することはないという認識があることが前提となってくる。
第2次世界大戦以降に発生した長期的な紛争の事例をみれば、一つの明確なパターンが浮き彫りになる。ある一方が完全勝利を確信している限り、争いは続くというパターンだ。イスラエルとパレスチナの対立や50年にわたるコロンビア内戦などはその典型的な例だ。
一方で、北アイルランドや南アフリカで数十年続いた対立の解消は、勝利は不可能で最終的には歩み寄りが望ましいとの結論にすべての側の指導者が至ったことを示している。
ただ、こうした紛争による戒めの教訓は、真の指導力が発揮されなければ、紛争は後戻りできないほどまで悪化するしかないということだ。これこそが南シナ海、そして埋蔵されている石油・ガスに対する真のリスクとなる。
関係各国は利益確保に躍起になっても、結果的に手にするものは大きな損害と長期にわたる対立だけとなるだろう。
*筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(ロイター BY Clyde Russell)>
杜父魚文庫
16212 南シナ海上の「勝者なき戦い」ロイター・コラム 古澤襄

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