16244 国益損ねる自民党重鎮 桜井よしこ

■桜井氏 野田聖子氏と加藤紘一氏を批判
知彼知己者、百戦不殆(あやうからず)。敵を知り、己を知る者は敗れることはないと、孫子が教えている。
5月30日、シンガポールでのアジア安全保障会議に集まった世界の戦略家は、世界を脅かしているのは間違いなく中国であり、己、即(すなわ)ちASEAN(東南アジア諸国連合)をはじめとする国々の備えが不足していること、より強固な枠組みの構築が必要なことを常識として知っていた。
だからこそ、法の支配を強調し、積極的平和主義を唱え、それを具体化する集団的自衛権や国連PKO(平和維持活動)を含む国際協力のための国内法の基盤整備に努める安倍晋三首相の基調講演は歓迎され、会場から盛んな拍手が湧いた。翌日演説したヘーゲル米国防長官は「威嚇、強制、力の行使は断固許さない」「米国は見て見ぬふりはしない」と南、東シナ海での中国の蛮行を厳しく非難した。
南シナ海でパラセル(中国名・西沙)、マックレスフィールド(中沙)、スプラトリー(南沙)の3群島に侵略の手を伸ばす中国は、40年前にベトナムから奪った西沙海域でベトナム公船を攻撃し、石油を掘削中だ。中沙では軍事施設を築けそうな唯一の岩礁、スカボロー礁を実効支配し、南沙ジョンソン南礁では埋め立て工事を進めている。中国が新拠点を築けば、南シナ海の軍事バランスは大きく変わり、同海は事実上、中国に奪われる。
アジア安保会議でASEANも米国もインドも、およそ全ての国が中国の侵略を続ける意図と、軍事力の生み出す意味を共有した。一方、その全てに目をつぶり、集団的自衛権行使容認への反対論が横行するのが日本である。
とりわけ連立与党、公明党は理解し難い。創価学会広報室が表明した反対論と公明党の主張はそっくりである。公明党は学会の指示で動いているのか。であれば、公明党が大事にする憲法の、政教分離規定に抵触するのではないか。第20条は国の宗教への介入も、宗教による政治への介入も禁じている。政党としての健全性を証すためにも納得のいく説明が必要であろう。
中国の脅威に目をつぶり日本の国益を損なう的外れの主張は、自民党幹部の現役、OB双方にある。現職の党三役、野田聖子氏が一例だ。左翼系雑誌『世界』で氏が展開した安倍首相への非難は、このままでは野田氏が、世間で言われているような日本初の女性宰相となるには程遠い水準にあることを示している。
氏は「そもそもまず、党で(集団的自衛権行使容認が必要だという)議論を始めるのであれば、グローバルな国際状況から説き起こして説明してほしい」と語る。今更、教えてもらわなければ分からないのだろうか。無知な学生のような主張を展開する氏に猛省を促したい。

自民党三役、野田聖子氏の読みの昏(くら)さは次の断定からも窺(うかが)える。
「オバマ政権も抑制的だし、いま国家間の戦争は起こし得ないでしょう」
国際政治の基本が理解できていない。なぜロシアはクリミア半島を奪ったか。中国は、オバマ大統領らに軍事的手段を取る気持ちがない、即(すなわ)ち抑制的であるから、ロシアが侵攻したと見抜き、クリミアの運命は「ロシアの軍艦と戦闘機とミサイルによって決定された」と断じた。
彼我(ひが)に圧倒的な軍事力の差があれば、力で攻めるのが定石だと彼らは孫子の兵法で学んでいる。だからこそ南シナ海での蛮行なのだ。オバマ政権が抑制的であることは戦争を起こさないのではなく、反対に中露両国の侵略を促す効果を生み出しているのである。そのくらいのことを理解できない党重鎮が日本の国益を損ね続けるのだ。
もう一人、自民党元幹事長で防衛庁長官まで務めた加藤紘一氏の言動も非常識だ。氏は日本共産党機関紙「赤旗」の5月18日の日曜版で、集団的自衛権で自衛隊は地球の裏側まで行くと想定し、「この国は、よほど慎重にやらないと間違えた方向に行きかねない」と語っている。
加藤氏にそんなことは言われたくない。慰安婦問題で、1992年1月13日、「軍の関与」を最初に認めて「衷心よりおわびと反省の気持ちを申し上げたい」と謝罪したのは加藤氏だ。同17日に宮沢喜一首相が訪韓し、謝罪と反省を繰り返し、その先の93年8月に河野談話が出された。「よほど慎重に」監視しなければ、「間違えた方向に行きかねない」のは、加藤氏らのような政治家ではないのか。

日本は民主主義国で言論の自由は万人に保障されている。だが、自民党元重鎮が対立政党の共産党機関紙に登場し、自党を非難するのは節操に欠ける。
自民党幹部が現役、OBそろって首相の足を引っ張り、日本国のなすべきことがなされない。自民党への支持率は高くとも集団的自衛権をはじめ重要政策で足踏みが続き、ASEAN(東南アジア諸国連合)をはじめ、国際社会が支持する法の支配も積極的平和主義も、日本の非協力で名ばかりに終わりかねない
私たちの眼前にある国際情勢の変化は深刻なものだ。世界の警察官ではないと明言してもアジアへの協力姿勢を堅持する米国とともに、日本は法の支配を確実にし、対中抑止力を発揮したい。そのための集団的自衛権の行使容認でもある。支持率の高さだけでは力で攻めてくる中国の脅威は防げない。具体的対策が必要である。そのことを与党幹部は、今こそ知るべきだ。
杜父魚文庫

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