16679 アメリカは力を衰えさせない     加瀬英明

オバマ大統領は、支持率が昨夏に急落して以来、よろめいている。
8月に、シリアのアサド政権が毒ガスを使ったといって非難して、「制裁攻撃を加える」と発表したが、どの世論調査も「国外の紛争に介入する」ことに反対したのに怯(ひる)んで、立ち往生したところを、ロシアのプチン大統領に縋って救われたために、50%以上あった支持率が40%まで落ちた。
その後、議会が連邦債務上限を引きあげることを拒んだために、政府機関の一部が閉鎖されるという失点についで、オバマ政権の目玉だったオバマケア――国民皆健康保険制度を蓋明けしたところ、重大な欠陥があったために、延期を強いられて、またよろめいた。
この春に、プチン大統領がウクライナからクリミアを捥(も)ぎ盗ったが、オバマ大統領は手を拱くばかりだった。そのために内外で、弱い大統領だとみられるようになった。
今年に入って、ヘーゲル国防長官が財政を再建するために、アメリカの軍事力を大きく削減する計画を発表した。軍全体に大鉈(おおなた)が振われるが、陸軍は前大戦後最少の規模となる。
オバマ大統領はシリアへの軍事制裁を撤回した時に、2回にわたって、公けの場で「アメリカはもはや世界の警察官ではない」と、言明した。
アメリカが超大国であるのをやめて、孤立主義の殻にこもろうとしているのだろうか。
私はずっと“アメリカ屋”で、アメリカの脈を計ってきた。だが、アメリカが頂点を過ぎた国で、これから力を衰えさせてゆくと見るのは、早計だ。

これまでアメリカは周期的に、アメリカが衰退するという、危機感にとらわれてきた。
私は1957年10月に20歳だったが、アメリカに留学していた。この月に、ソ連がアメリカに先駆けて、人類最初の有人衛星『スプトニク』を打ち上げて、地球軌道にのせた。
アメリカは、強い衝撃を受けた。アイゼンハワー政権だった。「ミサイル・ギャップ」として知られるが、このままゆけば20年あまりのうちに、ソ連が科学技術だけではなく、あらゆる面でアメリカを追い越すことになろうと、まことしやかに論じられた。
1960年の大統領選挙が戦われ、ニクソン副大統領と、民主党のジョン・ケネディ上院議員が争った。ケネディ候補はじきにソ連がアメリカを凌駕することになる、という恐怖感を煽り立てて、アイゼンハワー政権の失政を非難した。
選挙結果は、デマゴーグのケネディが勝った。だが、それから30年ほど後に、ソ連が倒壊した。今日、このままゆけば、20年以内に中国が経済、軍事の両面でアメリカを上回ると、真顔で説く者が多いのと、よく似ている。
ケネディが暗殺されると、ジョンソン政権が後を継いだ。
1968年に、ニクソンがハンフリー副大統領と大統領選挙を戦った。ニクソン候補はアメリカが衰退しつつあり、「このままゆけば、15年以内に西ヨーロッパ、日本、ソ連、中国の4ヶ国が、目覚しい経済発展を続けて、アメリカと並び、アメリカはナンバー・ワンの座を失うことになる」「いま、アメリカは絶頂期にあるが、古代ギリシアとローマの轍を踏もう」と、危機感をさかんに煽った。
ニクソン政権はケネディが始めたために、「ケネディの戦争(ケネディズ・ウォア)」と呼ばれ、ジョンソン政権のもとで泥沼化したベトナム戦争の始末に、苦しんだ。ニクソン大統領は「もはやアメリカは世界の警察官ではない」といって、ソ連との「平和共存(デタント)」戦略を打ち出した。
その後も、アメリカの振り子は、果敢に外へ向かう時期と、羹(あつもの)に懲りて、内へ籠ろうとする時期が交互してきた。アコーディオン奏者に似ている。今後、アメリカが畏縮してゆくときめつけるのは、まだ早い。
杜父魚文庫

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