16824 イラク政策を転換したオバマ大統領 限定空爆を承認    古澤襄

【ワシントン 米ウォール・ストリート・ジャーナル】オバマ米大統領は7日、カメラの前に立ち、米軍の最高司令官として決して言いたくなかった言葉を口にした。
「イラク軍を支援するために、必要があれば限定的な空爆を行うことを私は承認した」。大統領はホワイトハウスで発表した緊急声明でそう述べた。「米国は支援に乗り出す」
イラクへの軍事介入はオバマ大統領のイラク政策の転換を意味する。大統領はかつて、フセイン政権を転覆させたイラク戦争に反対し、これを終わらせることを約束した。こうした主張は、勝つ望みの薄かった大統領選でプラスに働いた。
今回の決断は、世界最強の軍隊のトップが軍事力を使いたがらないというオバマ政権の特徴を浮き彫りにしている。
「彼らは本当に用心深い」と言うのは、アトランティック・カウンシルのブレント・スコウクロフト国際安全保障センターの元幹部、バリー・パベル氏だ。「米国の国家安全保障上の利益を確実に守るために、その用心深さが試されるような状況も世界にはある」
オバマ大統領は、イラクの現状はこうした状況の一つであると語った。リビアなどで軍事展開した時と同様に、さまざまな出来事によって手持ちのカードを切らざるを得なくなった。「武力行使を決めること以上に重要なことはない」と大統領は述べた。

イスラム過激派がイラクの大部分を制圧し、バグダッドのイラク政府を脅かす中で、米政府は2カ月近くイラクへの軍事介入を見合わせていた。イラクは米国に助けを求めたが、米政府はイラク軍を支援する軍事顧問団を派遣したが、武力行使に踏み切るかどうかは、イラクの指導者たちが宗派間の対立のない政権を樹立できるかどうかによると述べていた。
宗派間対立をめぐる政治的解決は実現していない。だが米高官によると、イスラム過激派「イスラム国」が宗教的少数派を迫害し続け、最近は米国人がいるクルド人自治区に迫るなど、ここ数日で事態が緊迫していた。これがオバマ大統領に空爆承認を決断させたという。
■イラク撤退は「遺産」
オバマ大統領とバイデン副大統領は、自分たちの遺産の一つとしてイラクからの米軍撤退を挙げている。副大統領の息子はイラクに派遣されたことがある。
バイデン副大統領は2011年のウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューで「われわれは逆境をうまく利用することができた」と語った。
オバマ大統領は7日、イラクへの軍事介入をめぐり自身に複雑な歴史があることと、限定的であっても米国人が懸念を抱く可能性があることを認めた。
「私が大統領に立候補した目的の一つは、イラク戦争を終わらせ、米軍兵士たちを帰国させることだった。私は米国が新たなイラク戦争に巻き込まれるようなことはさせない。われわれはイラクの人々が現地のテロリストたちと戦うことを支援するが、米国の攻撃部隊が再びイラクで戦争を起こすようなことはない」と述べた。
今回の大統領の空爆承認(命令ではなく承認)は過去のパターンと似ている。大統領は09年、リベラルな支持者らが望んでいたより多くのアフガニスタン増派を発表したが、撤退期限を決めると共和党に批判された。
オバマ大統領は、今年12月にアフガニスタンでの戦闘任務が終わった後も約9800人の米軍駐留を継続するが、17年1月までにすべて引き揚げるとも発表した。その時も同じような調子だった。
大統領は最近、10年以上続く米国の戦争期を生きてきた米国人に、自身の政策を身近に感じさせようと試みた。今夏、ニューヨーク州ウエストポイントにある米陸軍士官学校の卒業式で「君たちは(2001年9月11日の)米同時多発テロ以降の卒業生としては、初めてイラクやアフガニスタンに派遣されないかもしれない」と述べたのだ。

だがイラクでの米軍の新たな任務が決まった今、そう主張するのは難しくなった。クリストファー・ヒル元駐イラク米大使は「武力を行使する時は常に『その後どうするか』という質問に答えられるようにしておかなければならない」と語る。(米ウォール・ストリート・ジャーナル)
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