16972 大韓機事件とマレーシア機撃墜     古澤襄

■「米国に責任」で一致するソ連とロシア当局
凄惨(せいさん)な現場だった。7月、ウクライナ東部上空でマレーシア機が撃墜された事件。機体が散乱した地域の住民は「人が雨のように落ちてきた」と証言した。
ウクライナはロシアから供給された地対空ミサイルで親露派が撃ち落としたと発表した。3月のクリミア併合以来、にらみ合う欧米とロシアの対立はさらに深まった。
ロシアの政治評論家は今回の事件を1983年の大韓航空機撃墜事件後の構図と比較した上で、「あの時も世界とわが国の関係は急激に悪化した」と評した。
北の海を舞台にした当時の状況をひもとくと、情勢は多くの点で似通っている。
同年9月1日未明、米ニューヨーク発の大韓機はサハリン沖でソ連戦闘機により撃墜。乗員乗客269人全員が死亡した。同日中に米国のシュルツ国務長官(当時、以下同じ)がこの攻撃に戦闘機8機が投入されたことを発表した。
邦人28人が搭乗していた日本では安倍晋太郎外相が緊急会見を開き、「極めて遺憾な事件だ」と語気を強め語った。
西側諸国の非難が渦巻く中で、ソ連はしばし沈黙を続けた。翌2日、政府機関紙イズベスチヤはタス通信の短報を掲載する。第一報は大韓機が領空侵犯した情報だけが記され、撃墜された事実は伏せられた。

同日、産経新聞朝刊は1面で「ソ連、ミサイルで撃墜」の大見出しとともに「クマがツメの生えた毛むくじゃらの手でハエをたたき落とすように、大韓航空機を撃墜するのがソ連」と非難する阿部康典編集委員の解説を掲載した。ソ連の姿勢を糾弾する社会の雰囲気が文章からにじみ出ている。
3日、タス通信は、レーガン米政権に真っ向から対抗する主張を発表した。大韓機が2時間にわたり警告を無視し続けてソ連領空を飛行したと記され、米国がこの事件を策動したことが強調されている。
「この挑発行為を企てた者は世界情勢の先鋭化を促し、ソ連への中傷に精を出す」
ソ連の主張はさらにエスカレートしていく。4日、共産党機関紙プラウダのニューヨーク特派員電にはこう記されている。
「ワシントンは前例のない、悪意に満ちた反ソキャンペーンを繰り広げている」
「ミサイル発射準備」「発射」「撃破」…。西側諸国で戦闘機と地上基地の交信内容まで暴露される中、ソ連のアンドロポフ政権が大韓機を「抑止した」という表現で撃墜を認めたのは、発生6日後の7日だった。公式声明でこう結論づけた。
「米国の帝国主義の犯罪だ」「新たな犯罪の犠牲者は、米国の諜報機関により利用された旅客機の乗客だった」「この悲劇の一切の責任は米国の指導部にある」
翻って、今回のマレーシア機事件の場合はどうか? 結論から言えば、露国営メディアにより、「米国の影響下にあるウクライナが事件を起こした」ことを醸し出す論調が意図的に作り出されている。
国民がその情報を真に受けていることは、世論調査で「マレーシア機はウクライナ軍が撃墜した」(82%)「ウクライナのポロシェンコ政権は反露政策を行う欧米のかいらいだ」(52%)とする結果からも明らかだ。
8月に入り、露国防省幹部は「情報戦の中で、米国はわが国を中傷するためにあらゆる手段を用いている」と主張した。まるでソ連時代に逆戻りしたかのようだ。
結局、ソ連は大韓航空機撃墜事件から8年後に崩壊したが、プーチン露政権は米欧と対峙(たいじ)する姿勢を維持したまま、国際社会でどのような位置を占めていくだろうか。
大統領選とサッカーW杯の開催を控える4年後の2018年が、この国の将来を見極める上での一つの試金石となるのではあるまいか。(産経)
杜父魚文庫

コメント

タイトルとURLをコピーしました