17096 「たった42日でエベレストの頂上に」、英国人ガイドの挑戦    古澤襄

【9月6日 カトマンズ/ネパール AFP】エベレスト(Everest)の頂上までたったの42日間で到達させてみせる──これが英国人ガイド、エイドリアン・ボリンジャー(Adrian Ballinger)さん(38)の宣伝文句だ。
標高8848メートルのエベレストの頂上までは通常10週間ほどかかる。その常識を覆すボリンジャーさんの「高速登頂」プログラムの料金は約7万9000ドル(約830万円)。相場の約2倍もする。
「エベレストに登る最良の方法は速く登ること。ベースキャンプにいる時間を減らして、順番待ちの列も避けて頂上を目指すことだ」と、ボリンジャーさんは米カリフォルニア(California)州の自宅からAFPに語った。

ボリンジャーさんは高速登頂のクライアントたちに出発前の8週間は、密閉した上で窒素を送り込み、内部の酸素濃度を下げたテントで寝ることを要求する。また、自宅で高地トレーニング用のマスクを着けて運動することも求めている。このマスクは空気の流れを妨げるようになっており、着用した人は深く呼吸しなければならない。登頂希望者の血液や心拍数を検査して医師が体調をチェックする。
しかし、体を酸素の薄い高山の環境に慣らす際の低酸素テントの使用に生理学的な利点があるのかは分かっていないと、専門家たちは話している。低酸素テントは、長距離ランナーが肺の機能を高めるトレーニングの一環として使うことはあるが、登山家が高地の環境に慣れるために使うことはほとんどなかった。
しかし、地元のシェルパ(ネパール人登山ガイド)がエベレスト山頂にロープを固定するのを手伝ったことがあるごく少数の欧米人登山家の1人であるボリンジャーさんの登山家としての実力を疑う人はいない。
ボリンジャーさんは登山家としての1年目にネパールやエクアドル、タンザニアの山々を上り、収入は1万2000ドル(現在の為替レートで約126万円)だった。自分の会社「アルペングロウ・エクスペディションズ(Alpenglow Expeditions)」を設立したのは28歳のとき。駐車係のアルバイトをしながら夢を追っていた。
会社が成長する中、ガイド付きのヒマラヤ登山・トレッキングを提供する企業としてはトップクラスのヒマラヤン・エクスペリエンス(Himalayan Experience)のオーナー、ラッセル・ブライス(Russell Brice)氏と契約。ボリンジャーさんはブライス氏のガイドとなり、2009年に初めてエベレスト登頂に成功した。
2012年までにボリンジャーさんは短時間で登頂する必要性を感じるようになった。特に、今年4月18日に雪崩が発生し16人のシェルパが死亡したクンブ(Khumbu)氷瀑(ひょうばく)を通る回数を減らす決意をした。

「氷瀑に対する恐怖が『高速登頂プログラム』を始めた一番の動機さ」と、ボリンジャーさんは言う。登山者は通常、平均して片道6回危険な氷瀑の区間を通らなければならない。シェルパなら20回以上だ。
ボリンジャーさんは昨年、ロシア人ビジネスマンとトライアル登頂に成功。今年は、氷瀑の区間を通る回数がシェルパは片道10回、クライアントは上るときの1回だけで済む登頂計画を立てた。
だが今年4月18日の雪崩を受けてネパール側からの登頂ルートが閉鎖された。これにより、ボリンジャーさんはせっかく立てた登頂計画を捨て、チベット側から頂上を目指すことを余儀なくされた。
この災害はヒマラヤの労働問題を浮き彫りにした。シェルパたちが報酬と待遇の改善を訴える一方、多くの外国人がエベレスト登頂のために高額の料金を支払っている業界の現実が明るみになった。ボリンジャーさんのアルペングロウは、料金が最も高い業者の1つだ。
ボリンジャーさんは、「エベレストにもある程度の管理が必要だろう。(エベレスト登頂は)いつの間にか、『人が死ぬまでにやりたいこと』の1つになりすぎてしまった」と認める。「ネパール政府は悪徳業者を摘発しないといけない。登頂希望者はもっと経験を積んでくる必要がある」
ボリンジャーさんは自分のクライアントに、8000メートル級の山の登頂経験が少なくとも1回あることを義務付けている。これでは、登山業者の最も大きな収入源であるアマチュア登山家が参加できず、稼ぎがなくなるだろうとの指摘もあるが、ボリンジャーさんは気にしてない。
「もちろん会社の業績のことは考えるが、この新しいやり方で最初は収入が減ったとしても、それは仕方ない」と、ボリンジャーさんは言う。「このやり方が成功すると強く感じているし、エベレストに登るにはこのやり方のほうが安全だ。10年後にはエベレスト登山者の大半が、短期間での登頂を目指すようになっているはずだ」
(AFP)
杜父魚文庫

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