17287 アジアの緊張が和らぐなか、強硬姿勢を一段と強めるプーチン大統領     古澤襄

【北京】米国主導の世界秩序が直面している課題は驚くべき転換を示している。
アジアでは、中国の領有権主張で拍車がかかり、長引いていた緊張状態が鎮静化してきたようだ。今日ではロシアが、ウクライナでの介入と欧州でのさらに幅広い野望を強めている。
この転換は、2人の野心的な独裁者、中国の習近平国家主席とロシアのウラジーミル・プーチン大統領の個性や使いこなす戦術、戦略的資源の違いを強調している。
両首脳には共通点もたくさんある。両者は国家の誇りが傷つけられたという強い思いと欧米諸国に対する激しい恨みに突き動かされている。ロシアは今もソビエト連邦の崩壊を引きずっているし、中国の記憶は、帝国主義の下で被った「百年の恥辱」によって毒されたままである。両国は米国に対抗するために、可能なときはいつでも外交的に結束する。
習主席とプーチン大統領は共に国家復興の立役者を自称しており、それが彼らを自国の周辺の再形成に駆り立てている。

2年前に権力の座にのし上がったとき、習主席はすでに強硬だったアジア地域に対する姿勢を受け継ぎ、さらに強気な立場を取った。
米国の同盟国である日本とフィリピンがその矢面に立たされた。中国の準軍事艦隊は日本が管轄している東シナ海の群島に威嚇的に接近し、南シナ海にある駐屯地(座礁船)にいたフィリピンの海兵隊員への物資補給を妨害するなどした。
それ以外にも、中国の国営エネルギー企業は巨大な石油掘削装置を設置することで、ベトナム沖の領海の主張を強めた。これがきっかけで、両国の船舶がにらみ合う状態となった。
西方面へは、中国人民解放軍の部隊が、策定をめぐって対立している国境を越えてインドの実効支配地域に侵入した。
安倍首相は、アジアが第2次大戦前夜の欧州に似ていると警告した。米調査機関ピュー・リサーチ・センターの調査によると、中国が平和に対する脅威になったという見方にアジア諸国の大多数が賛同しているという。
とはいえ、今日、そうした緊張状態の一部は徐々に消えつつある。習主席はインド訪問を成功のうちに終えたばかりである。掘削施設も撤去された。日本が確認している尖閣諸島(中国名・釣魚島)周辺海域に侵入してくる中国海軍や準軍事組織の艦艇の数も激減した。この数字は、こじれた両国関係の重要な判断材料となっている。
日本と中国の外交筋は協議を行っており、11月に北京で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)では安倍首相と習主席の首脳会談が実現するという話まで出ている。
こうしたなか、オバマ大統領がロシアのウクライナ侵攻に気を取られ、イスラム過激派組織「イスラム国」との戦争に入ったことで、米国によるアジアへの「軸足移動」は後回しになっている。
しかし、誤解してはならない。中国の脅威が消えたわけではない。習主席は少なくとも一時的に、そのアプローチを修正した。一方でプーチン大統領は欧米諸国による制裁措置にあからさまに対抗する構えを見せている。このことは、両者の性格の好対照と、使わざるを得ない切り札の違いを物語っている。
プーチン大統領は自分が危険を冒すことをいとわない人物だということを示してきた。北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)の拡大を押し戻すためなら躊躇なく武力を行使してきた。
NATO高官によると、クリミアを併合した後、ロシア軍は今やウクライナ東部でウクライナ政府と戦う親ロシア派武装勢力を支援している。ただ、ロシア政府はこれを否定している。9月20日、NATO欧州連合軍最高司令官を務めるフィリップ・ブリードラブ米空軍大将は、ウクライナ政府と親ロシア派武装勢力の停戦協定は「名ばかりだ」と述べた。現在、欧州を悩ましている疑問は、プーチン大統領が、「より偉大なロシア」という自らのビジョンを追求する一環として、バルト諸国でも新たな冒険に出るかどうかだ。
一方、習主席はプーチン大統領よりもずっと慎重だ。直近では、中国の軍用機が米国のP-8哨戒機に異常接近し、機体に搭載された武器を誇示するためのアクロバット飛行「バレルロール」まで行うなど、収拾がつかなくなったかもしれない危険な場面もいくつかあったが。
それでも、中国軍によるそうした領土へのあからさまな侵攻の可能性が高いと思われることはこれまでなかった。習主席は実際、衝突の引き金となり、大国同士の対立にエスカレートしかねない行動の一歩手前で常に慎重さを示してきた。
南シナ海での中国の領地獲得戦略は1つ1つの岩礁をサラミを切るように獲得していく「サラミ戦術」として知られるようになった。
習主席には慎重になる余裕がある。中国は国力が上昇している大国だが、ロシアは長期的な低落傾向にある。
時間を味方に付けている習主席には、アジアの弱小諸国が中国の軌道――急拡大する経済と増加しつつある軍事予算――にしっかりと着目すれば、交戦するまでもなく態度を軟化させるだろうという計算がある。
他の大国に対しては硬軟取り混ぜた外交を展開することができる。習主席は最近のインド訪問で200億ドル相当の投資を確約する一方で、同時に中国軍の部隊をインドの実効支配地域に侵入させた。
領土拡大計画のための資金を調達する能力においても、中国とロシアでは雲泥の差がある。
ロシアのかなり弱体化している経済は、石油と天然ガスの輸出でかろうじて支えられている。一方の中国は製造・産業大国であり、その外貨準備高は4兆ドルにも上る。習主席がアジア地域において威嚇と気前の良い投資を織り交ぜられる理由もそこにある。
このことは、長期的に考えると、米国にとって最も厄介なのは習主席がもたらす脅威だが、近々では、プーチン大統領の方がより危険かもしないということも説明している。(米ウォール・ストリート・ジャーナル)
杜父魚文庫

コメント

タイトルとURLをコピーしました