17676 日中関係改善に動く習近平中国の腹     古澤襄

朝から日中の関係改善を唄った合意文書をめぐって甲論乙駁の報道がたけなわ。ここは独断と偏見の私見を述べておきたい。頑なに日本攻撃のプロパガンダを一手に引き受けていた観がある中国の広報当局にトーンダウンの兆しがみえる。
古森義久氏は産経新聞の緯度経度で「中国の対日姿勢に変化の兆し」があるという米識者の指摘を伝えている。とすれば中国側にも日中の関係改善を必要とする事情があった筈だ。
■【緯度経度 古森義久】中国の対日姿勢に変化の兆し 米識者が指摘する中国指導部の計算
「中国は米国とアジアの同盟国、友好国との信頼の絆を少しずつ削るサラミ戦術をかなり成功させているが、なおオバマ政権の対中姿勢が最近、硬化して、対アジア関係をこれ以上、悪化させたくないという意向に傾いた形跡が濃い」
「現在の中国にとって年来の盟友の北朝鮮との関係が冷却し、南シナ海の領有権紛争での攻撃的言動でフィリピンやベトナムとの関係も険悪となり、対日関係を放置するとアジア外交全体が手詰まりとなる」
「中国のアジア外交は日本側が考えるより脆弱で、指導部内ではアジア外交全体の悪化や難題の打破のために、日本に対して軟化をみせても当面の関係改善を図ろうとする気配がある」
サター氏は以上の理由から、「中国はこれまでの前提条件要求を棚上げして、日本との首脳会談にまもなく出てくる見通しが強い」と予測するのだ。となれば、安倍首相がこれまで中国側の前提条件を排し、会談に応じなかった姿勢は正当化されることともなる。
サター氏は米国務省や中央情報局(CIA)、国家情報会議(NIC)などで30年以上、対中政策形成や中国情勢分析を専門にしてきた。民主、共和両党の政権で勤務した党派性の薄い研究者としても知られる。
同氏はオバマ政権の政策をめぐり、冒険主義的な行動を抑えるため中国側の弱点を突く具体的措置を取ることを最近、提言した。この思考に従えば、日本も香港での民主主義抑圧やウイグル人学者への弾圧ぐらいには、国政レベルで懸念表明があってしかるべきだろう。(ワシントン駐在客員特派員)
サター氏の指摘は先見性に富む内容だが、習近平中国の腹をもう少し深読みする必要がある。
それは米オバマ政権のレーム・ダッグ化が、中間選挙で与党・民主党の惨敗で予想以上の規模で広がると中国は見たのではないか。
西太平洋に海軍力を広げる中国の戦略意図は少しも変わっていない。そこでアジアにおける米海軍力と日本の海上自衛隊の協力は大きな障害となる。出来れば日米軍事協力に少しでも楔(くさび)を打ちこみたい考えるのは中国としては当然の戦略であろう。
このために対日口撃(こうげき)に的を絞り、具体的には尖閣諸島周辺の海域に中国漁船や公船を侵入させ、最近では小笠原諸島周辺海域や伊豆諸島海域にまでサンゴ密漁の大漁船団が現れている。明らかに中国当局の対日威嚇であるのは疑う余地がない。
その一方でオバマ政権に対しては、米中関係を深める甘い幻想を投げかけ、オバマ大統領も甘い呼びかけに乗る気配を見せている。具体的には去る3月20日、ミシェル・オバマ大統領夫人は、二人の娘と母親を帯同して中国を訪問、長期滞在して中国各地を観光旅行している。中国側の応接も細かい心配りをみせて故郷に帰省するがごとくの和やかな訪問だったという。
また9月7日、スーザン・ライス米大統領補佐官(安全保障担当)が、日本を素通りして北京を訪問している。11月のオバマ訪中の地ならしというが、ライスを迎えた中国は楊潔キ国務委員(元外相、元駐米大使)が応接に当たり、北京の釣魚台迎賓館で両者が会談する最大級の配慮をみせた。中国の国策通信社である新華社通信はこの会談を詳しく報道した。
楊潔キ国務委員は「中米両国が衝突せず、対抗せず、相互に尊重し合うウィンウィンの関係を築いていかなければならない」と新華社に語り、ライス補佐官も「米中関係は米国にとって重要だ。米国は米中関係にプライオリティを置いている。中国側とハイレベル対話を継続させ、2カ国間、地域間、そしてグローバルな広範なアジェンダについて深い議論をしていきたい。新しいタイプの米中関係を築くことは両国だけでなく、国際社会の利益にも適う」と応じた。
まさに蜜月の米中関係を思わせる中国の政治的意図はありありではないか。そこには日米関係にくさびを打ち込む長期戦略がかいま見える。
同じライスであっても米共和党政権下のコンドリーザ・ライス国務長官(現在は、スタンフォード大学教授)なら中国の意図を見抜き、易々と中国の誘いに乗らずに日米関係の深化に心を配る選択をするであろう。
米民主党の惨敗によって来年一月から米議会は上下両院とも米共和党が過半数勢力となり、オバマ大統領の外交は大きな制約を受けるのは避けられない。中国にとっては予想を超えるオバマ外交のレーム・ダッグ化で、議会勢力で多数派となった米共和党の動向に神経質にならざるを得ない。
といって日米関係にくさびを打ち込む中国の戦略意図はいささかも変わっていない。中国側からみて米中蜜月のタイム・スケジュールが後退し、米共和党の厳しい対中戦略が生じることは戦略的にみて好ましいことではない。
実利主義の中国だから、冷え切った日中関係の再構築に目配りを見せるのは、また当然のことと言えよう。
ここで中ソ関係が悪化した時期に周恩来首相が日中関係の打開し、日中国交正常化に積極的に動いたことを思い出す必要がある。ソ連との敵対関係に危機感を抱いた中国が、日中国交正常化に積極的だったのは疑う余地がない。
1972年9月、田中角栄元首相は北京を訪問、北京空港で出迎えた周恩来首相と固い握手をして、人民大会堂で数回に渡って首脳会談を行った。
9月29日に「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」(日中共同声明)の調印式で両国首相は署名し、日中国交正常化が成立し、日中共同声明に基づき、日本はそれまで国交のあった中華民国・台湾との断交を通告した。
■日本より遅れた米国の中国承認
米国が中国を承認したは、1978年12月。6年後のことである。それまでに1971年7月のキッシンジャーの北京電撃極秘訪問、1972年2月のニクソン元大統領は中国を訪問という米中関係の打開という手順を踏んでいる。ニクソンは米国は台湾が中国の一部であるとする「一つの中国」を認知したが、同時に国交正常化の妨げとなる重要な台湾問題はさておき、開かれた貿易や連絡を行うこととしている。
米国も中国と同じ実利主義を重んじる国家である。中国が将来アジアにおける巨大市場になることを見通せば中国承認をもっと早める選択肢があった筈だが、共産中国の軍備拡大に対する疑念は実利主義を越える。この傾向は米共和党に顕著である。
したがって「一つの中国」で中国を承認をした後も台湾海峡の軍事勢力のバランスを保たせる名目で台湾への武器供与を幾度となく行っている。基本的には共産中国よりも民主主義を育成してきた台湾に対する共感度があるといえよう。米共和党にある対日重視の姿勢は、この線上にある。
■日中提携の平和論を説いた松村謙三氏
日本国内では少数勢力だった自民党の松村謙三氏は、「アジアの平和のために、日本と中国はお互いの立場を認め合って、協力しなければならない」と早くから唱えていた。言うなら永久平和を目指す”大アジア構想”であったといえる。
幾たびか中国を訪問、周恩来首相や陳毅副首相とも会談して松村構想を訴えている。しかし中国側の反応は総じて日米の中国敵視政策を非難する厳しいものであった。
いわば松村構想は実利主義とは無縁の平和論だったといえる。中国にとっては日中戦争の傷跡が癒えない思いがあるから、松村氏の平和論を素直に受け入れる空気が希薄だった。しかし松村氏はめげずに中国要人に自説を根気よく説いている。87歳になっても5度目の訪中を行い、帰国後間もなく亡くなった。昭和46年(1971)のことであった。奇しくも亡くなった翌年に田中首相が訪中して日中国交回復が実現している。
日中国交が無い時代に何度も訪中し、周恩来首相と会談を続けた松村氏こそが「日中友好の井戸を掘った恩人」と称えられるべきであろう。
しかし現実には「井戸を掘った恩人」は田中首相と中国では目されている。金脈問題で失脚した後も中国の鄧小平が東京・目白の田中私邸を訪問し敬意を表している。近くにある松村謙三氏の墓には詣でようとしなかった。実利主義の中国にとっては平和論の松村氏の説は無縁の過去のものとしか映らないのかもしれない。
杜父魚文庫

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