■ロイター・コラムでアナトール・カレツキー氏が分析
「鉄の女」マーガレット・サッチャーが初の女性首相として登場する1979年の直前だったろうか、社用でロンドンを訪れ、夜はロイター幹部と会食したが、第二次世界大戦で戦勝国だった英国の凋落ぶりを目の当たりにした。
英労働党政権下で産業の国有化政策が進められ、財政の裏付けがない高福祉の社会保障政策と社会保障支出が拡大された結果、競争力を失ったポンドの価値が低落して、戦敗国の西ドイツのマルクの後塵を拝する経済の状況にあった。
ロンドンで超一流のホテルに宿泊したが、窓はサッシュではなく木製の枠。冬の冷たい風が吹き込みとてもじゃないが寝付かれない。朝、ロンドン市内を散歩したら公園には失業者が汚れた衣服のまま寝ている。地下鉄のエスカレーターは木製、伝統に拘る英国なのかと自己納得してみたが、割り切れない気持ちでヒースロー空港から飛び立った。
その英国病をサッチャーは経済の規制緩和、水道、電気、ガス、通信、鉄道、航空の民営化政策を強引に推し進め、英国経済の競争力を回復に努めた。保守党内にもサッチャーの新自由主義政策に抵抗する空気があったが、サッチャーは”ウエット”と称して一蹴している。
その英国は過去五年間、EU域内でもっとも安定した国といわれていたが、カレツキー氏はもはやそうではない、英国は欧州で最も政治的に予測不可能な国になる公算が大きいと断じている。
[21日 ロイター]英国は過去5年間、欧州大陸の混乱をよそに政治および経済の安定した国という地位を謳歌してきたが、もはやそうではなくなった。
今後英国は欧州で最も政治的に予測不可能な国になる公算が大きい。今年9月、スコットランド独立の是非を問う住民投票の実施という形で初めて登場してきたこのリスクは、20日に行われた下院補欠選挙でキャメロン首相の与党・保守党が敗北したことで確かなものになっている。
しかし英国の安定が失われたことは、まだ資産価格、とりわけポンド相場には織り込まれていない。英国の経常赤字と財政赤字の対国内総生産(GDP)比率は欧州最大であるにもかかわらず、ポンドはなお2008年以降の最高値近辺で推移している。
英国は来年5月7日に結果が定かでない総選挙を控えているが、大半の投資家や企業は依然として、政治的な不確実性が経済状況に及ぼす影響は限られるかのように行動している。こうした自己満足的な態度は以下の3つの理由から誤りだと思われる。
1つ目は、総選挙後に英国には議会で多数派を形成できるような単一の政党もしくは連立勢力が存在しなくなり、文字通り統治不能になる恐れがあることだ。現段階の世論調査では、保守党も労働党も自由民主党と連立を組んだとしても過半数議席を確保できない見通しとなっている。
保守党と自民党、あるいは労働党と自民党の連立が多数派になれないわけは、以前は泡沫政党とみなされてきた勢力の躍進にある。現有6議席のスコットランド民族党(SNP)は、主に労働党の議席を奪う形で20─50議席に増える見込み。反欧州連合(EU)の英独立党(UKIP)も十数議席を獲得する勢いがある。これに対して自民党は、現有56議席を半分程度に減らすのはほぼ確実視されている。その結果、多数派の連立政権を樹立するには、民族主義的な政党を含めて3─4党が組むことが必要になる。
SNPが連立に加わる条件としてもう1回スコットランド独立を問う住民投票を実施するよう求めるのは間違いない。UKIPは英国のEU離脱を主張するとみられる。労働党もしくは保守党がこうした条件に同意するとは想像しがたい。
これはつまり、議会で多数派を形成できない政府が生まれる可能性を意味する。欧州大陸では議会少数派の政権はかなりなじみがあるとはいえ、英国議会で多数派を築けなかった政府というのは1974年のハロルド・ウィルソン首相の下でのほんの短い期間があるだけだ。このとき英国政治に大混乱を引き起こした。
2つ目の理由は、選挙後の歩み寄りで何とか複数政党の連立や少数派政府が誕生したとしても恐らく1年か2年で崩壊してしまうとみられる点だ。次期首相が再びキャメロン氏か、それとも労働党のミリバンド党首になっても、まったく論争の余地がない政策しか議会で通過させることができない短期的なつなぎ役しか果たせなくなるとみられる。
2016年のある時点、ないしは遅くとも17年には、野党勢力が主要な問題で不信任案を可決して政権を倒すのはほぼ確実。これにより、議員の任期は5年という建前にもかかわらず新たな選挙を余儀なくされるだろう。
来年誕生する政府が1年か2年でなくなることがほとんど確定しているという状況は、3つ目の最も厄介な問題を生み出す。16年か17年の総選挙では明らかにEU懐疑主義的で、英国のEU離脱を約束する政府が誕生する可能性が大きい。
現在の保守党と自民党の連立を継続するのはほぼ不可能。保守党が予定するEU離脱をめぐる国民投票に自民党は反対しているためだ。そうである以上、キャメロン首相は来年の総選挙で単独過半数を獲得するか、SNPやUKIPなどと連携するしか新政権を樹立できないかもしれない。保守党の単独過半数獲得は、足元の世論調査からすると問題外であり、景気回復の結果として保守党の支持が跳ね上がるという事態が起きるには時間がなくなりつつある。
SNPとUKIPに支持された保守党政権というのはよりあり得る選択肢だが、この連立を結びつけるのはEUの加盟条件に関する国民投票となり、その条件というのは残りの欧州諸国にはとうてい受け入れがたい内容になりそうだ。
UKIPがそうした交渉不可能な条件を課して英政府にEUと加盟問題の協議をさせようとするのは自明であり、SNPも戦術上の理由から同調するとみられる。SNPは英国のEU離脱を問う国民投票をやるなら、すぐにそれに続けてスコットランドの英国からの独立を問う住民投票を実施すべきだと主張するだろう。そして親EU派が多いスコットランド人が英国からの独立に賛成するのはほとんど決まったも同じだ。こうして英国の国家政体はすっかり解体され、混沌へと陥ってしまう。
もしも来年の総選挙で労働党と自民党の連立政権が生まれたなら、逆説的に英国のEU離脱はもっと可能性が高まる。両党ともEUにとどまる方針を表明しているが、両党による基盤の弱い政権は企業の信頼感低下に見舞われ、ポンド危機を招く恐れもある。このため保守党と民族主義政党の連立よりもさらに総選挙が実施される公算が大きくなる。
これはつまり、議会で多数派を形成できない政府が生まれる可能性を意味する。欧州大陸では議会少数派の政権はかなりなじみがあるとはいえ、英国議会で多数派を築けなかった政府というのは1974年のハロルド・ウィルソン首相の下でのほんの短い期間があるだけだ。このとき英国政治に大混乱を引き起こした。
2つ目の理由は、選挙後の歩み寄りで何とか複数政党の連立や少数派政府が誕生したとしても恐らく1年か2年で崩壊してしまうとみられる点だ。次期首相が再びキャメロン氏か、それとも労働党のミリバンド党首になっても、まったく論争の余地がない政策しか議会で通過させることができない短期的なつなぎ役しか果たせなくなるとみられる。
2016年のある時点、ないしは遅くとも17年には、野党勢力が主要な問題で不信任案を可決して政権を倒すのはほぼ確実。これにより、議員の任期は5年という建前にもかかわらず新たな選挙を余儀なくされるだろう。
来年誕生する政府が1年か2年でなくなることがほとんど確定しているという状況は、3つ目の最も厄介な問題を生み出す。16年か17年の総選挙では明らかにEU懐疑主義的で、英国のEU離脱を約束する政府が誕生する可能性が大きい。
現在の保守党と自民党の連立を継続するのはほぼ不可能。保守党が予定するEU離脱をめぐる国民投票に自民党は反対しているためだ。そうである以上、キャメロン首相は来年の総選挙で単独過半数を獲得するか、SNPやUKIPなどと連携するしか新政権を樹立できないかもしれない。保守党の単独過半数獲得は、足元の世論調査からすると問題外であり、景気回復の結果として保守党の支持が跳ね上がるという事態が起きるには時間がなくなりつつある。
SNPとUKIPに支持された保守党政権というのはよりあり得る選択肢だが、この連立を結びつけるのはEUの加盟条件に関する国民投票となり、その条件というのは残りの欧州諸国にはとうてい受け入れがたい内容になりそうだ。
UKIPがそうした交渉不可能な条件を課して英政府にEUと加盟問題の協議をさせようとするのは自明であり、SNPも戦術上の理由から同調するとみられる。SNPは英国のEU離脱を問う国民投票をやるなら、すぐにそれに続けてスコットランドの英国からの独立を問う住民投票を実施すべきだと主張するだろう。そして親EU派が多いスコットランド人が英国からの独立に賛成するのはほとんど決まったも同じだ。こうして英国の国家政体はすっかり解体され、混沌へと陥ってしまう。
もしも来年の総選挙で労働党と自民党の連立政権が生まれたなら、逆説的に英国のEU離脱はもっと可能性が高まる。両党ともEUにとどまる方針を表明しているが、両党による基盤の弱い政権は企業の信頼感低下に見舞われ、ポンド危機を招く恐れもある。このため保守党と民族主義政党の連立よりもさらに総選挙が実施される公算が大きくなる。
これはつまり、議会で多数派を形成できない政府が生まれる可能性を意味する。欧州大陸では議会少数派の政権はかなりなじみがあるとはいえ、英国議会で多数派を築けなかった政府というのは1974年のハロルド・ウィルソン首相の下でのほんの短い期間があるだけだ。このとき英国政治に大混乱を引き起こした。
2つ目の理由は、選挙後の歩み寄りで何とか複数政党の連立や少数派政府が誕生したとしても恐らく1年か2年で崩壊してしまうとみられる点だ。次期首相が再びキャメロン氏か、それとも労働党のミリバンド党首になっても、まったく論争の余地がない政策しか議会で通過させることができない短期的なつなぎ役しか果たせなくなるとみられる。
2016年のある時点、ないしは遅くとも17年には、野党勢力が主要な問題で不信任案を可決して政権を倒すのはほぼ確実。これにより、議員の任期は5年という建前にもかかわらず新たな選挙を余儀なくされるだろう。
来年誕生する政府が1年か2年でなくなることがほとんど確定しているという状況は、3つ目の最も厄介な問題を生み出す。16年か17年の総選挙では明らかにEU懐疑主義的で、英国のEU離脱を約束する政府が誕生する可能性が大きい。
現在の保守党と自民党の連立を継続するのはほぼ不可能。保守党が予定するEU離脱をめぐる国民投票に自民党は反対しているためだ。そうである以上、キャメロン首相は来年の総選挙で単独過半数を獲得するか、SNPやUKIPなどと連携するしか新政権を樹立できないかもしれない。保守党の単独過半数獲得は、足元の世論調査からすると問題外であり、景気回復の結果として保守党の支持が跳ね上がるという事態が起きるには時間がなくなりつつある。
SNPとUKIPに支持された保守党政権というのはよりあり得る選択肢だが、この連立を結びつけるのはEUの加盟条件に関する国民投票となり、その条件というのは残りの欧州諸国にはとうてい受け入れがたい内容になりそうだ。
UKIPがそうした交渉不可能な条件を課して英政府にEUと加盟問題の協議をさせようとするのは自明であり、SNPも戦術上の理由から同調するとみられる。SNPは英国のEU離脱を問う国民投票をやるなら、すぐにそれに続けてスコットランドの英国からの独立を問う住民投票を実施すべきだと主張するだろう。そして親EU派が多いスコットランド人が英国からの独立に賛成するのはほとんど決まったも同じだ。こうして英国の国家政体はすっかり解体され、混沌へと陥ってしまう。
もしも来年の総選挙で労働党と自民党の連立政権が生まれたなら、逆説的に英国のEU離脱はもっと可能性が高まる。両党ともEUにとどまる方針を表明しているが、両党による基盤の弱い政権は企業の信頼感低下に見舞われ、ポンド危機を招く恐れもある。このため保守党と民族主義政党の連立よりもさらに総選挙が実施される公算が大きくなる。
一方、保守党が来年もし野党に転落すれば、キャメロン氏が党首の座を追われ、より強硬なEU懐疑派が後釜に座るのは自明だ。その場合は、人気が高く大衆迎合的なロンドン市長のボリス・ジョンソン氏が新党首になるだろう。このケースなら16年か17年の選挙では、保守党とUKIPの連合が恐らくは地滑り的勝利を収める。その後速やかに行われる国民投票で新政権にEU離脱交渉に動くお墨付きが与えられる確率が高くなる。
もちろんこれらのすべてのシナリオには、数々の「もしも」や「しかし」が付随している。今から17年までの間には、きっと多くの政治的に予想外の事態が起きる。結局のところは、先のスコットランドの住民投票で示されたように英有権者の本能的な警戒心が広がって、英国はEU内にとどまる可能性も十分にある。
だが最終的に何が起ころうとも、これから来年5月の選挙まで半年で政治的混乱が生まれるのはほぼ避けられない。その後に再び混乱と統治不能の時期が訪れて、次の総選挙と17年のEU離脱を問う国民投票へとつながっていく。
英国の投資家と企業は自ら列をなして波乱への道を求めようとしている。 (筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*アナトール・カレツキー氏は受賞歴のあるジャーナリスト兼金融エコノミスト。1976年から英エコノミスト誌、英フィナンシャル・タイムズ紙、英タイムズ紙などで執筆した後、ロイターに所属した。
2008年の世界金融危機を経たグローバルな資本主義の変革に関する近著「資本主義4.0」は、BBCの「サミュエル・ジョンソン賞」候補となり、中国語、韓国語、ドイツ語、ポルトガル語に翻訳された。世界の投資機関800社に投資分析を提供する香港のグループ、GaveKal Dragonomicsのチーフエコノミストも務める(ロイター)
杜父魚文庫
17862 英国の投資家・企業を襲う政治の大混乱 古澤襄

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