17865 原油急落でも遠い「産油国」の対米譲歩    古澤襄

■ロイター・コラムのブレマー(Ian Bremmer)氏の予見と分析
ブレマー氏の論考はどれも示唆に富んでいる。私たちはアメリカが主導した対ロシア経済制裁がプーチン体制に深刻な影響を与え、そこにサウジアラビアが主導した原油減産に反対した選択がロシアに経済的な打撃を与えると見がちである。
しかしブレマー氏はロシア、イラン、サウジアラビア、ベネズエラなど石油輸出で成り立っている国は、いささかも国の政治体制の足下がぐらついていないと分析する。
ロシアは西側が実施した制裁と原油安が国内経済にもたらす悪影響を将来にわたって吸収する力がある・・という大胆な予見を示した。西側でこれだけの予見と分析した論者はかつてあっただろうか。
そして、このやり方では世界最大のエネルギー消費国となるであろう中国を利するだけだと批判している。
■[11日 ロイター]原油価格は6月以降で25%強も下落して3年ぶりの安値となった。こうした急落はガソリンスタンドに立ち寄る消費者の気持ちを和らげるのは間違いないが、果たして石油輸出で成り立っている国を立ち行かなくなる地点に追い込みつつあるのだろうか。
答えはノーだ。ロシアやイラン、サウジアラビア、ベネズエラは確かに石油からの収入に依存しているが、政治体制の足元がぐらついてはいない。
原油価格急落が政府を転覆させる動きが石油に頼る国家の間で次々に広がっていくという形の「石油版アラブの春」が起きる局面ではない。実際、原油安は米政府が最も懸念する地政学問題においてさえ、これらの産油国の態度をあらためさせはしないだろう。

原油が値下がりしたからといって、イランの核開発をめぐる交渉姿勢が変わることはない。期限が近づいているにもかかわらず、イランと米国の間には大きな溝が残っている。
イランは、現在保有する濃縮ウランの在庫と遠心分離装置の大半を廃棄することを拒絶している。米政府はといえば、こうした廃棄を含まない、いかなる提案も実を結ばないと主張する。
しかしイランは、制裁が解除されなくても特にロシアが支援を申し出ているという点において、米国に譲歩しなければならないとは感じていない。また昨年のロウハニ大統領就任以降、イラン経済はある程度落ち着いてきていて、物価上昇率は40%から21%に鈍化した。米国とイランの合意はなお実現する可能性はあるが、それは創造的な外交努力と双方の思い切った歩み寄りの賜物であって、原油価格がイランに白旗を挙げさせるわけではないとみられる。
ロシアのプーチン大統領がウクライナをめぐっていたずらに事態を混乱させ、影響力を保持しようとするのをだれも止めることもできない。ロシアは西側が実施した制裁と原油安が国内経済にもたらす悪影響を予見できる将来にわたって吸収する力がある。大規模な資金流出と通貨ルーブルの下落は起きているものの、プーチン氏にはその攻撃的姿勢を続けられる政治的意思と外貨準備と国民の人気(支持率は歴史的高水準付近で推移)がある。
サウジアラビアは、原油供給の最後の担い手としての役割を維持してきた。同国は減産、もしくは増産によって世界の石油需給動向を左右することができるし、現在のような厳しい局面を乗り切るための莫大な財政資金も蓄積している。米政府が掲げるイスラム国に対抗する有志連合に関するサウジの立場は、自身の目的にかなう範囲内なら参加するというものになる。反シーア派という姿勢がサウジの外交を動かしている要素であり、原油が値下がりしても外交方針には何の影響もないだろう。
原油安は苦境にあるベネズエラ経済にとっては一段の悪材料となっている。だがバレル当たり75─80ドルに下がった程度では、デフォルト(債務不履行)に陥ることはない。マドゥロ大統領は対外債務支払いを約束しているし、対応策を打ち出す余地もある。つまりベネズエラは今後、管理された形の通貨切り下げや資産売却などによる追加的な流動性確保、中国からの借り入れ条件変更といった措置に踏み切りそうだ。ベネズエラ政府は当面、社会的あるいは政治的混乱で軍部が大統領を支持しなくなるような事態を招くことなく、経済的な痛みを処理できる。
長期的に見れば、これらの産油国の石油収入に対する過度の依存は、自ら生き延びる道を脅かす恐れはある。しかし各国によってそれぞれ抱える緊張の種類は異なり、体制が持たなくなる局面がやってくるにしてもそれは差し迫ってはおらず、相互連関性もないはずだ。体制の安定性という点では、今の原油安の影響を過大視してはならない。
ただこうした産油国全体を覆う1つの流れがある。それはエネルギー情勢の変化によって彼らの中国に対する依存度が劇的に高まっていくということだ。
既にロシアとベネズエラではその流れがはっきりと見える。ベネズエラは将来の石油輸出を見返りにして中国から受ける融資を頼りにしており、融資条件をより良くしてもらおうというのが原油安に対するベネズエラ政府の戦略の一部といえる。ロシアは西側との関係悪化の穴埋めとして、中国と接近。5月には両国が期間30年、4000億ドル規模の天然ガス取引契約に調印している。
ロシアと中国の結びつきは、2つの構造変化によって今後強まっていくだろう。1つ目は、引き続きエネルギーを政治的な武器に利用しようとするロシアが、欧州の消費国と疎遠になるとみられることだ。欧州の消費国は盛んに、ロシアより手ごろな価格を提示してくれる新たな天然ガスの供給元を探し求めている。2つ目は、北米における非在来型エネルギー革命が、その新しい供給元になって、ロシアの価格競争力に打撃を与えるという見通しだ。
北米で広がる水圧破砕法によるシェール層開発やタールサンドなどがもたらした非在来型エネルギー革命は今後、世界中のどこよりも中東の地域政治に動揺をもたらす。米エネルギー省は、2020年までに米国が消費する石油の5分の4は西半球からもたらされると予想。そのころまでには米国が世界最大の石油輸出国となり、2035年までにはエネルギーの自給が可能になるという。
米国が中東のエネルギーへの依存を低下させれば、この地域で起きる政治的な混乱に関与する意欲も薄れる。一方で拡大を続ける経済と増加する中間層に供給するエネルギーが必要な中国は、中東のエネルギー生産国との関係をますます深めるだろう。
産油国が顔を向ける先が米国から中国に変わることは、これらの国の政権や近隣諸国、そして世界のエネルギー情勢に対して幅広い形の予期しない結果をもたらしてしまう。

よけいなリスクを避けようとする中国指導部は、ユーラシアや中東ではエネルギー生産と密接な関係にある地域の戦略的問題に対応しようとはしない。米政府は国内エネルギー企業のために介入するという正式な戦略は掲げていないとはいえ、米国が中東などに関与してきたことと、エネルギーと地域問題の深い関係性はぴったりと結びつく。
例えば米国とサウジの強固なエネルギー上のつながりは、戦略的な連携を支えている。中国は世界最大のエネルギー消費国という点では米国の後釜に座る傾向が強まっているが、それに比例した戦略的な関係性を築こうとはしないだろう。ロシアとの間で喜んでエネルギー契約に調印しても、それによって中国が戦略地政学的に関与を高めることはない。これは非常に異なった種類の「パートナー」といえる。
中国はこうした商業取引重視の外交政策を選択し続ける可能性が大きく、中東やユーラシアでは権力の空白拡大につながっていく。アジア太平洋以外で介入主義的外交を行うというのは中国にとっては新機軸であり、遠く離れた国々の利害調整に乗り出すというのは、特に国家主権が外国からの内政干渉を跳ね返す神聖不可侵のものだと信じている政治指導層にとっては骨の折れる仕事でもある。そして中国のプレゼンスが首尾一貫しなかったり不透明である場合は、指導力の欠如よりもっと始末に困る事態となりかねない。
原油価格の下落に歯止めがきかない状況がもたらす短期的な影響を過大に見積もるべきではない。それでも、原油安が「問題国家」の体制を転覆させたり、米政府の意向に沿わせることにつながらなかったとしても、中国への依存度は加速度的に高まっていく。これは地域情勢と世界のエネルギー情勢を一段と不安定化させる材料だ。
*筆者は国際政治リスク分析を専門とするコンサルティング会社、ユーラシア・グループの社長。スタンフォード大学で博士号(政治学)取得後、フーバー研究所の研究員に最年少で就任。その後、コロンビア大学、東西研究所、ローレンス・リバモア国立研究所などを経て、現在に至る。全米でベストセラーとなった「The End of the Free Market」(邦訳は『自由市場の終焉 国家資本主義とどう闘うか』など著書多数。(ロイター)
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