17919 菅政権下であった平沼氏との連立話     古澤襄

亡くなった花岡信昭さんは、民主党の菅政権と平沼赳夫氏(当時は「たちあがれ日本」)の連立話を追いかけていた。
一方が菅首相や仙谷官房長官、片や保守中の保守たらんとしていた平沼赳夫氏だったから、私には「そんなことあるの」と懐疑的だった。
しかし、「たちあがれ日本」は平沼氏と与謝野馨氏の二人が共同代表で、与謝野氏が大連立に積極的だという話は当時、私の耳にも入ってきている。与謝野氏が民主党政権に参画する直前の裏話である。
花岡信昭さんは「民主党政権に風穴を空けるつもりではないか」と不可解な連立話を私に解説してくれた。「それなら分かるが、福田康夫と小沢一郎の連立話も壊れたからな・・・」と私はまだ懐疑的。
こんないきさつがあるから平沼赳夫氏の「次世代の党」が選挙後、自民党と連立の可能性があるとみていた。つまりは公明党・創価学会に代わって「次世代の党」が連立のパートナーになる構想である。
だが、それには「次世代の党」がもう一回り大きな政党になって貰わねばならぬ。いまのところ「次世代の党」は下手をするとヒトケタに転落しそうである。それでも私は「維新」よりも「次世代の党」に期待している。
四年前、生前の花岡信昭さんが杜父魚ブログに寄稿してくれた二本の論評を再掲してみた。
■たちあがれ日本との連立話のウラに何があるか 花岡信昭
菅政権とたちあがれ日本の連立話には驚いたが、あり得ないことではない。その一点だけ見据えると、目指すべき国家像も政治理念も政治姿勢もまったく異なる政党じゃないかということになるが、政治の世界ではときにこういうことが起きる。
つまりは、もっと大きな仕掛けの一端が頭を出したものと見れば、理解しやすくなる。いわゆる「大連立」へのシナリオの一環という見方だ。
政治というのは、ときに当事者の思惑も超え、ひとりで転がり出すことがある。点だと思っていたことがつながって面になる。そのくらい柔軟な発想で見ていかないと、政治展開のダイナミズムにはついていけない。
考えてみると、細川8党派連立政権が誕生するなどということは、だれも予測しえなかった。
たちあがれ日本との連立が実現可能性を持っているのだとすれば、これが接着剤となって、大連立ないし中連立が一気に進むという展開だ。
菅首相や仙谷官房長官が「小沢切り」に突っ走っているのは、その環境づくりの側面が濃いと見ることも可能だ。
大連立というのは小沢氏の専売特許かと思っていたら、菅―仙谷ラインが生き残りをかけて飛びついたということか。
保守中の保守たらんとする平沼赳夫氏の国家観は菅氏とはまったく異なる。だが、平沼氏が連立の話に対して即座に拒絶姿勢を見せなかったところに、何かがあるとも思える。
救国政権が必要だという思いから、当面、菅氏との違いを乗り越えて大連立(中連立)に突き進もうということであるならば、そういう政治的選択はあり得る。
その場合の最大の政策課題は諸費税だ。与野党で争っている間は消費税のアップなどできるものではない。
ドイツも大連立によって消費税引き上げが可能になった。来年度予算は一般会計92兆円だが、税収41兆、国債44兆、埋蔵金7兆という構成だ。2年連続で税収よりも国債の方が多い。
これをいつまでも続けていくわけにはいかない。その切り札はだれが考えても消費税しかない。たちあがれ日本の共同代表である与謝野馨氏は大連立に積極的といわれる。平沼氏はどう判断するか。ここはちょっと視野を広げて政治展開を見据える必要がありそうだ。(2010.12.27 Monday name : kajikablog)
■立ち上がらなかったたちあがれ日本 花岡信昭
たちあがれ日本は議員総会で菅政権との連立拒否を決めた。共同代表を務める与謝野馨氏以外に賛成者がいなかったためという。
まあ、そういう経緯になることは分かる。平沼赳夫代表は「保守再生」のために新しい党を立ち上げたわけで、菅政権をここで助けるというのはスジに合わない。
それに、国家観がそもそも菅首相とはまったく違う。硫黄島に出かけて遺骨収集のまねごとをやった菅首相だが、靖国神社には冷たい態度であるし、だいたいが「左派」出身の国会議員だ。
そういったことはすべてよく分かるのだが、たちあがれ日本がここで一歩踏み出していたら、政治転換の起爆剤になった可能性もあった。そう考えると、そういってはなんだが残念でもある。
政治が大きく転換するときには、思想信条や理念、基本政策などをポーンと飛び越えるダイナミズムがときに必要になる。
いってみれば小異を捨てて大同につく、ということだ。菅首相の国家観、描くべき国家像とはまったく相いれないものであることは事実だろうが、やはりその壁を乗り越えられなかったか。
それでは、たちあがれ日本に菅政権の総辞職や解散総選挙に追い込む政治的パワーがあるのかというと、これまたおぼつかない。衆参6人のミニ政党である。その力を最大限に発揮するには絶好のチャンスだったようにも思える。
それにしても、急浮上した一連の経緯から、菅―仙谷ラインが政治的立場を超えてほかの党との連立を望んでいるということは非常によく分かった。
菅―仙谷ラインには「大連立」への覚悟がどの程度あるのかが当面の焦点だ。展開によっては、首相の座を明け渡すぐらいの構えで臨もうとしているのか。それとも、民主党政権の当面の延命策程度の認識なのか。
現状を踏まえると、「大同」になり得るテーマは消費税と社会保障政策だろう。消費税のアップで財政基盤を固め、年金を中心とする福祉政策の立て直しをはかる。そのことによって、国民の将来不安を払拭させ、国家再生の難事業に臨む。
このままの政治展開だと、菅首相は総辞職も解散もやらないだろう。衆院で圧倒的な多数を占めているのだから、解散に踏み切るわけがない。
では野党側はどこまでこの政権を追い込めるのか。臨時国会の攻防戦を振り返っても、どうにも中途半端だった。補正予算をなんともあっけなく成立させてしまった。
政権を追い込むには、予算案で窮地に立たせるのが一番の策だ。通常国会の最大の焦点がそこにある。予算審議を徹底的に混乱させて、予算成立を条件に解散させるという「話し合い解散」だ。
自民党をはじめとする野党にその気概がないのならば、この政権はずるずると延命することになる。一方で「大連立」にも踏み切れない。
この国を再生させるには、リアリズムで考えた場合、どういうシナリオが望ましいのか。与野党ともこの年末年始は知恵の絞り合いをやってはどうか。
たちあがれ日本の連立参画問題は、そのスタート台として受け止めたい。(2010.12.27 Monday name : kajikablog)
杜父魚文庫

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