17937 埼玉5区 坂の上に雲はありやなしや     阿比留瑠比

衆院選の最大のテーマは何と言っても、安倍晋三政権の経済成長を軸にする経済政策「アベノミクス」の是非だ。その点で最も注目されているのが、「民主党政権下で死にかけた日本経済をリハビリする」と訴える自民党の牧原秀樹前環境政務官と、対照的に「人口減少社会で経済成長は難しい」と説く民主党の枝野幸男幹事長が大接戦を繰り広げている埼玉5区だ。
民主党は海江田万里代表(東京1区)の苦戦が伝えられており、党ナンバー2の枝野氏までが敗れれば、党の存在意義そのものが問われかねない。

「ここで勝てるかどうかは、安倍政権の経済政策が強く前に進んでいけるかどうかの試金石だ」
牧原氏の選挙応援に駆け付けた自民党の新藤義孝前総務相は10日、さいたま市大宮区の氷川神社前でこう訴えた。9日に5区入りした安倍首相も「この選挙区はこの戦いの象徴だ」と指摘し、5日に入った菅義偉官房長官も「この選挙区で勝つことが、アベノミクス推進の象徴となる」と呼びかけている。
埼玉5区はもともと、枝野氏が5期連続当選を果たした「金城湯池」だった。牧原氏は平成21年の衆院選では約4万5000票の差をつけられたこともあったが、今回は「マラソンに例えると、今まで背中すら見えなかった民主党のエース、枝野氏を初めてとらえた」(牧原氏陣営)という。
「(5区で挑戦して)10年目にして、初めて小選挙区で勝たせてもらいたい」
牧原氏が10日の街頭演説でこう訴えたのも、ある程度手応えを感じているからだろう。選挙戦ではこの10年間毎日駅頭に立ってきたことや、国会まで選挙区から電車通勤している「地元密着ぶり」をアピールし、都内の議員宿舎で暮らす枝野氏との差別化を図る。
一方の枝野氏も10日、JR大宮駅前で民主党の福山哲郎政調会長を招いて並んで街頭演説を行った。当初は幹事長としての応援演説があるため、公示後は選挙区入りは控える予定だったが、情勢に危機感を覚え可能な限り入るようにした。
「私がこの21年間、常に戦ってきたのが税金の無駄遣いだ。安倍首相は選挙をやらなくたって困らないのに、600億円を超える税金を使って衆院選を行った。あぜんとする思いだ」
枝野氏は聴衆にこう強調した。ただ、自身が繰り返しテレビ番組などで「私が安倍首相ならこの秋に(衆院解散を)やる。(臨時国会の)冒頭かもしれない」(9月21日)「早く解散してくれるなら、こんなにありがたいことはない」(10月25日)と挑発してきたことは忘れているようだ。
「皆さんのアベノミクスの恩恵を受けていないという実感は正しい。選挙が終わってから『こんなはずじゃなかった。野党頑張れ』と言われても、与えられた議席でできることしかできないんです」
こう訴える枝野氏の表情は険しかったが、演説後、支援者らに囲まれると笑顔になって応えていた。
くしくも、枝野、牧原両氏は作家、司馬遼太郎氏の作品を愛読する。枝野氏は自著などで、明治維新から日露戦争にかけて飛躍していく日本を描いた司馬氏の「坂の上の雲」を引き、現代の日本社会について「坂の上にもう目指すべき雲はない」と説く。
もはや経済成長は困難との認識の上で、「一億総中流社会」を建て直すというのが持論だ。だが、経済成長のないまま再分配機能を強化しても、それは「貧しい社会主義社会」が実現するだけではないのか-。
一方、安倍首相は29年4月の消費税再増税までに経済を安定成長軌道に乗せると明言し、「景気回復、この道しかない」と訴える。
「(楽天家たちは)前をのみ見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう」
司馬氏は「坂の上の雲」のあとがきにこう記している。埼玉5区は、日本がこの先「輝く雲」を探して坂を上っていくのか、それとも雲はすでにないとみなして別の道を歩むのかを占う重要な意味合いを持つ。
杜父魚文庫

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