18213 書評『プーチンはアジアを目指す』    宮崎正広

■ヨーロッパ市場から極東へロシアは舵取りを変えた 日本に熱波を送るプーチン政権は「アジア・シフト」を始めている

  
<下斗米伸夫『プーチンはアジアを目指す』(NHK出版新書)>

オバマが『ピボット』(米国軍の配置をアジア重視にシフトする)と宣言する以前に、プーチンの「アジア・シフト」は始まっていたのだ。

嚆矢は2006年12月にクレムリンで開催された「安全保障会議」(ニコライ・バトルーシェフ書記)で、「極東における人口減少問題に注目し、この傾向を覆すための大規模な極東開発の戦略的決定を採択した」(170p)

この背景には沿海州を清から奪った「北京条約」を中国の教科書は「不平等条約」と教えているという、

安全保障上の脅威が絡む。珍宝島とウスリー島をめぐる領土問題は中ロ間において解決したことになっているが、中国は「海参威(ウラジオストクのことを中国語は、旧名をいまも地図で用いている)」をいずれ取りかえそうという名状しがたいメンタリティがある。

極東開発が実際に走り出した。

それはプーチン自らが音頭を取ったウラジオストクAPECへの意気込みに表れていた。日本は、このメッセージを沈着冷静に受けとった。

森喜朗は頻繁にロシアへでかけ、時間をつないだ。2012年9月のAPECに野田首相が飛んで、プーチンと握手した。14年には安倍首相がソチ五輪開会式に臨んだ(英米仏はプーチンが同性愛結婚を認めないのは人権侵害とかの理由を付けて開会式をボイコットした)。

しかし、日本国内にはシベリア抑留への不当な扱いと北方領土問題が心理的重圧となって沈殿しており、なかなか対ロシア外交を国益に基づいて、リアリスティックには展開できない弱点がある。

くわえてウクライナ問題で西側がロシア制裁に踏み切り、G7のメンバーでもある日本はこの制裁に足並みを揃えなければならず、過去の前向きな流れは頓挫している。

評者(宮崎正広)は、プーチン肝いりのウラジオストクAPECが決まり、無人島を開墾して橋を架け、国際会議場設備を突貫工事でやり始めたという報に接し、高山正之氏らを誘ってウラジオストクとナホトカを回ってみた。ちょうどウラジオストクAPECの一年前の秋だった。

工事は緒に就いたばかりで、橋梁は完成しておらず、まずは艀で対岸へ渡り、四輪駆動のジープをチャーターして、ジャングルのような凸凹道を迂回して工事現場にたどりついた。

現場では巨大なクレーンが大音をたてて唸り、労働者が作業をしていた。「しかし会期に間に合うのかな」と他人事ながら心配だった。12年9月のAPECは成功だった。

「ユーラシア大陸の西から東へまたがるロシアは、ヨーロッパの国であると同時に、アジアの国でもある」と本書の著者、下斗米氏は書き出した。

「政治から経済、人口分布からエネルギー輸出にいたるまで、その中心はヨーロッパ部にあった。しかし現在、プーチンがこの方針を大転換し、ロシアを『アジアの国』にしようとしている」。

本書はその実態を縷々説明している珍しいレポートであると言える。

2014年5月、サンクトペテルブルグで開催されて国際経済フォーラムで、プーチンは北方領土問題に言及し「二島だけではなく、四島が交渉の対象である」と瞠目すべき発言もしている。

ロシア大統領が「四島」に言及したのははじめてのことである。

その二年前にもプーチンは「日本との領土交渉を引き分けで決着する用意がある」とするメッセージを送っていた。後者については、日本のマスコミも多少は報じたが、前者のメッセージは黙殺された。

プーチンは極東の開発担当にユーリ・トフトネフ(大統領補佐官)を充てた。トフトネフは大統領全権代表である。そのほか、側近で『前ロシア国民戦線』代表だったガルシカを極東担当大臣に任命した。

いまロシアからの原油とガスの輸入は日本全体の10%を占めるに至っている。

地政学的にいえば、日本にとって、背後から中国を牽制する軍事大国ロシアを外交の梃子にしないという手はないだろう、と下斗米氏は示唆している。

本書はこのほか、ウクライナ問題やロシア国内の動きで大変興味深い記述があり、参考になった。

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