安保神学論争をしているひまはない。
安倍晋三が29日の衆院予算委で、テロからの邦人救出を目指した自衛隊法改正を安保法制の柱に取り入れる方針を表明した。首相の念頭には13年のアルジェリアテロ事件で、なすすべもなく日本人が惨殺されたケースがあるようだ。
イスラム国の人質事件では日本がテロリストによる「敵」として紛れもなく浮上していることを物語っており、政府は首相の意を受けて法整備を急ぐべきだ。
もちろん今回の人質事件とは直接的な関係のない態勢確立でもある。少なくとも政府はミュンヘンオリンピックのテロの事例もあり、20年の東京オリンピックに向けてテロ対策の特殊部隊創設などへの動きを急ぐべきだ。
安倍はテロリストによる人質対策について、日本人が10人殺害されたアルジェリア人質事件を例に挙げて「英国など他の国々は自国民に対して自分たちでオペレーションをするが、日本はお願いするだけとなる。仮令日本人だけを助ける場合でもそうなる。
それで責任が果たせるのか」と強調した。さらに安倍は「こちらが装備が勝っていてもお願いするのはおかしい」と述べると共に、消防士の例を挙げ「火事が起きて消防士がリスクがあるからといって人命を救出しないとなれば、人は命を落とす。
消防士は危険を顧みず職務を果たすのであり、 自衛隊員も入隊の際に(身命を賭す)宣誓をする。リスクを恐れて何もしないままでいいとは考えていない」と言い切った。明らかにイスラム国事件を契機に人質事件対策を安保法制の柱の一つに据える方針を明言したことになる。
安倍の心中にはアルジェリア事件で政府が何ら対応できずに多数の人命を失った事への慚愧(ざんき)の念があるようだ。世界の主要国はテロ対策で軍事的にも法整備の面でも万全の対応が可能となっている。
例えばド イツの場合は1972年のミュンヘンオリンピックで、パレスチナ武装組織 「黒い九月」により行われた人質事件への苦い経験が発端となっている。イスラエルのアスリート11名が殺された事件で、ドイツは警察官の対応や訓練の欠陥が浮き彫りとなったと反省。
人質事件を始めとするテロ攻撃に対処する特殊部隊として第9国境警備隊(GSG-9)を編成した。同国境警備隊は事実上の軍隊であり、テロ対策を念頭に訓練を積んでいた。その成果が1977年になった現れた。
パレスチナ解放人民戦線によるルフトハンザ機ハイジャック事件である。ドイツ政府はGSG-9を直ちに投入した。隊員ら は胴体下と主翼上の非常脱出口から突入し、閃光弾でハイジャック犯の目をくらませ3人を射殺し、1人を逮捕し、人質の乗客達を機内から脱出させた。
この突入での損害はGSG-9隊員1名とスチュワーデス1名が軽傷を負っただけであった。まさにミュンヘン事件の借りを返したことになる。
こうした対応が世界の常識なのであり、ドイツの例を学習するなら当然安倍の言うようにアルジェリア人質事件は教訓とされなければならない。
もちろんイスラム国事件のような自己責任が問われる事案に貴い自衛隊員の命を晒すことはあり得ない。それに現在の自衛隊法は海外でテロに巻き込まれた日本人の輸送は可能だが、救出活動は出来ない。
今回の事案で教訓とすべきは、例え空爆に参加していなくても日本は「十字軍」の一員とみなされているのであり、「経済支援しかしていない」などという言い訳はテロリストには通用しないのだ。
今後は日本国内もテロの対象になりうると警戒すべきであろう。イスラム国が2-3年で壊滅しても、必ずほかのテロリスト集団が台頭する。そのテロリストが東京オリンピックをター ゲットにしても全くおかしくない。
古色蒼然たる安保関連法はテロ対策の側面からも見直されなければならない。とかく国会では神学論争に終始する傾向があるが、神学論争をする議員や学者は頭がいいようで悪い。事の本質をとらえていないからだ。
事態はまず現実にそこに起こりつつあるテロ対策から説き起こすべきだ。テロリストに対抗するにはドイツ国境警備隊に匹敵する組織が不可欠である という認識から全てを始めなければならない。
テロを抑止するにはそれを上回る武装力と知恵と訓練が常に必要なのである。存在そのものが抑止力となる軍事組織を早期に作り上げなければなるまい。「理屈は後から貨車で来る」というのが緊急事態における政治の基本だ。(頂門の一針)
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