■現代史を漫談風に綴られると、すらすらとバルカン半島の歴史が掌握できる
チトーは殺し屋、ヒトラーも怖くて逃げ出した
<倉山満『世界大戦と危険な半島』(KKベストセラーズ)>
その昔、ベルリンの壁が崩れた直後だった。まだ「ユーゴスラビア連邦」という国があり評者(宮崎正広)は首都のベオグラードへ取材で行ったことがある。
奇妙にまとまりつつ、実はまったくばらばらな街だった。人種の坩堝、オープンカフェは繁盛しており、『地球の歩き方』を抱えた若い日本人女性のひとり旅がずいぶんといた。
教会でキリスト像のペンダントを土産に売っていたので買おうとしたら「あなたの宗教は?」と聴いてきた。
「仏教です」と答えると「異教徒には売らない」という。
翌日、タクシーをチャーターして「サラエボ往復を二百ドルでどうか?」と聴くと「幾ら貰っても、あそこへは行きたくない」とニベもなかった。
そういえば、ベオグラードの街は奇妙な印象で、通りごとに住む人種がことなり、地区によって宗教の色分けがあったようだ。公園にはロマが野宿している。贅沢なビルがあるかと思えば路上生活者が夥しくいた。
隣同士がいつ裏切るか分からない。バルカンでは敵の敵もやはり敵なのだ。
チトーの社会主義は機能せず、その残滓が混乱に拍車をかけていた。もっともチトーは社会主義をなのったものの本質的は残忍な独裁者だった。
そのうち、カトリックのクロアチアとスロベニアはさっさと西側へ去り、マケドニアが独立を宣言し、セルビアとボスニア&ヘツツェゴビナで戦闘が拓かれ、NATOは反セルビアに、ロシアはセルビアを支援した。
セルビアが悪者にされ、まさに宣伝戦争で負けてしまった。クリントンは上空五千メートルから空爆で参戦し、ロシアは崩壊の最中で、手も足も出せず、セルビアが負けた。
セルビアの指導者ミロセビッチもカラジッチも、西側が判定した『戦争犯罪』で裁かれる。
マケドニアも最後に独立を宣言して、国連に加盟申請すると、ほかの諸国が反対し、アレキサンダーの国名を名乗るのはけしからんと「旧ユーゴスラビア連邦マケドニア」という国の名前でようやく国連加盟が認められた。
もっとも強く反対したのはギリシアだった。アレキサンダー大王は現在のギリシアのマケドニア地方からでた英雄で、いまのマケドニアではないというわけだ。
ことほど左様に旧ユーゴ連邦はおかしな国である。六つの国家が一つの連邦だったが、分裂したら七つになった。わけが分からない。
いや、これがバルカン半島である。状況によって敵と味方が始終入れ替わり、一定の法則、姿勢というものが存在しない。瞬時にして約束を違え、相手を裏切るあたりも同じ半島国家のどこかの国に似ている。
日本で「バルカン政治家」といえば、三木武吉である。三木武夫も、その色彩が濃く、カメレオンのように立場を変え、大勢が趣くところへついた。最近は武村正義、菅直人も、バルカン政治家と言われている。
この奇妙で危なっかしいバルカンの近現代史に論壇の新星・倉山満氏が果敢に挑戦した。仕上がりはどことなく漫談風で、なぜか面白く読ませる読本となった。
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