■豹変した岡田民主党代表にくすぶる批判
自民、公明両党が安全保障法制の骨格をめぐり実質合意に達した18日、民主党がある決定をひっそりと下した。安全保障総合調査会などの合同会議を開き、国連平和維持活動(PKO)に参加する自衛隊が「駆け付け警護」を行うことを認める「基本的な考え方」をまとめた。
駆け付け警護とは、自衛隊から離れた場所にいる他国部隊や国連職員が襲撃された場合に救援する任務だ。内閣法制局はこれまで認めてこなかった。自衛隊が駆け付けた先に「国家に準ずる組織」がいれば、憲法が禁じる「海外での武力行使」に当たる恐れがあるという理屈だった。
転機が訪れたのは、安倍晋三内閣が安保法制に関する閣議決定を行った昨年7月1日だ。
閣議決定は、約20年におよぶ自衛隊のPKO活動実績を基に、受け入れ国の同意など厳格な派遣条件を守っていれば、国家に準ずる組織に遭遇することは「基本的にない」と判断し、駆け付け警護を行うため任務遂行型の武器使用を認めた。
自公両党が合意した安保法制の骨格でも駆け付け警護を行うためPKO協力法を改正することを盛り込んだ。
実は、駆け付け警護の容認は、民主党の野田佳彦内閣も検討していた。
「検討の余地はある。実態を踏まえた議論をしていきたい」
平成24年3月14日の参院予算委員会で、当時の野田首相はこう述べ、駆け付け警護に意欲を示した。
取りまとめ役の藤村修官房長官(当時)が外務、防衛両省や長島昭久首相補佐官(同)らと調整を重ね、同年7月上旬にはPKO協力法改正の方向性について関係府省が合意した。同月12日の衆院予算委では、野田首相が「政府内で最終調整している」と発言するところまで話は進んでいた。
ところが、これを許さず、「ちゃぶ台返し」で法案提出断念に追い込んだのが、当時の岡田克也副総理だった。
岡田氏は関係閣僚会合に割って入り、藤村氏らが積み重ねた調整を否定し、反対論を展開したという。
岡田氏の反対論は、野田内閣の最優先課題であった消費税増税に「支障がある」というものだった。もし、野党対策上の「支障」になるという理屈であればまだわかる。
しかし、当時の野党自民党が駆け付け警護に反対することはなかったはずだ。政府関係者は「岡田氏の口ぶりからは、自衛隊の役割が拡大するのを懸念する姿勢が見え見えだった」と振り返る。
その岡田氏が代表となった民主党が、ここにきて駆け付け警護を認めた。
駆け付け警護ができなければ、自衛隊を守ることもある他国軍が襲撃された場合でも、自衛隊は知らぬ顔をしなければならない。
国際社会の信頼を失わないためにも駆け付け警護容認は当然の判断だ。野田内閣当時を知る政府関係者の一人は岡田氏に対し「どの口が言うのか」と恨み節を漏らす。
駆け付け警護容認へ粘り強い調整と説得を重ねた藤村氏も、岡田氏を恨む資格があってもよいだろう。
しかし、藤村氏の回想録『民主党を見つめ直す』(毎日新聞社)では駆け付け警護に関する言及は一切ない。それどころか、岡田氏を「この人は総理大臣になるべき器だ」と持ち上げている。
藤村氏は回想録で、首相官邸や与党の「権力のすごみ」を繰り返し強調している。「考えたことが、理不尽でなく筋が通っていれば実現できます。自分が発想し、発言し、周りにきちんと理解されれば現実のものになります」というわけだ。
少なくとも現在の民主党にとっては、駆け付け警護の容認は「理不尽」でなく、「筋」も通っているはずだ。にもかかわらず、国の根幹に位置付けられる安全保障政策で、野田内閣は「すごみ」を発揮できなかった。
駆け付け警護の容認を断念に追い込んだ張本人を、藤村氏が「総理大臣になるべき器」と褒めそやしていることこそ「理不尽」ではないのだろうか。(産経)
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