19347 ギリシャ協議、本当のタイムリミットはいつか   古沢襄

■ロイター・コラムに田中理氏(第一生命経済研究所・主席エコノミスト)が見解

 
[東京 8日]ギリシャのチプラス首相、欧州委員会のユンケル委員長、ユーロ圏財務相会合(ユーログループ)のデイセルブルム議長が出席した3日の支援協議が友好的なムードだったとの報道を受け、合意への期待が高まったが、またしても裏切られた。
 

ギリシャ政府は5日、同日に予定されていた国際通貨基金(IMF)への3億ユーロの融資返済を土壇場で延期。チプラス首相は自国議会で支援提供国側の提案を「不条理な要求」などと批判した。これに対して、仲介役が期待されるユンケル欧州委員長が不快感を表明するなど、支援協議の行方は再び混沌としている。
 

ギリシャ政府は、6月中に予定されていた4回で合計16億ユーロのIMFへの支払いを6月30日に一括で実施する方針に切り替えた。もちろん、こうした措置は例外的ではあるが、IMFの融資ルールで認められたもので、債務遅延や債務不履行には該当しない。IMFに対して月内に複数の返済義務がある国が支払いを一括にまとめて行うことは、1980年代のザンビアにも前例がある。

 
しかし、支払い前日までのギリシャ政府関係者の発言からは、支払いの意思を有しており、そのための財政資金を確保していることが伝えられていた。ギリシャ政府の突然の変わり身の背景には、ギリシャ側に妥協の余地がないことを示すために支払いを見送るべきとの政権内部の声を、チプラス首相が封じ込めることができなかった可能性がある。

 
<日本の投資家にも損失発生の恐れ>
 

政権内で政治的な緊張が高まっていることは、チプラス首相が5日に予定されていたユンケル委員長らとの再会談を見送り、ギリシャ議会で支援協議に関する意見陳述を求められたことからもうかがえる。

前述した通り、首相はこの場で、支援提供国側の提案を「不条理な要求」などと非難し、こうした発言にギリシャのユーロ残留を強く希望するユンケル委員長も業を煮やしたのか、不快感を表明した。
 

欧州委員会はこれまで、支援提供国政府やIMFに比べ、ギリシャに歩み寄りの姿勢を見せてきた。チプラス首相が国内向けに強気の発言を繰り返すのは、政権崩壊を避けるための、与党内の強硬派への配慮と見られるが、最大の理解者であるユンケル委員長からも三くだり半を突きつけられる可能性がある。

欧米メディアなどを通じてリークされたギリシャ側(1日に支援提供国側に提出したとされるもの)、支援提供国側(1日に債権者団がまとめ、3日にユンケル委員長がギリシャに説明したとされるもの)双方の改革提案によれば、両者の間にはなお多くの溝が残っている。
 

基礎的財政収支(プライマリーバランス)の対国内総生産(GDP)比の黒字目標は、支援提供国側が2015年に1.0%、2016年に2.0%、2017年に3.0%を想定しているのに対し(これは2次支援プログラムが想定する3.0%、4.5%、4.5%を大きく下回る)、ギリシャ側が0.6%、1.5%、2.5%を想定している。
 

数字上の相違はそれほど大きくないように見えるが、ギリシャ側の計画の実現可能性を支援提供国側は疑問視しているようだ。

ギリシャ側は富裕層や企業への増税や脱税の取り締まり強化を通じた税収増加を見込んでいるのに対し、支援提供国側は付加価値税(VAT)の大幅な見直し(軽減税率を3段階から2段階に変更、観光振興を目的とした島への軽減税率適用の廃止)などを求めている。

 
年金改革についての隔たりも大きく、支援提供国側が即時の給付減額や支給開始年齢の引き上げを求めているのに対し、ギリシャ側は段階的な給付抑制や支給開始年齢の引き上げを求めている。労働市場改革では、支援提供国側がこれまでの改革継続を求めているのに対し、ギリシャ側は団体賃金交渉の再開などを求めている。
 

6月30日に先送りされたIMFへの一括返済をギリシャが履行しない場合も、主要格付け会社がただちに同国債をデフォルト格付けに引き下げるわけではない。

IMFが同国向けの融資が支払い遅延の状況にあると正式に認定するのは滞納から1カ月後で、欧州連合(EU)の融資実行主体である欧州金融安定ファシリティー(EFSF)が支払い遅延決定を受け、融資の前倒し返済を求める可能性は低い。そのため、ギリシャがデフォルトを回避するうえでの重要日程は7月20日の国債償還日となる。
 

なお、金額はそれほど大きくないが、7月14日にサムライ債(円建て国債)の償還日も控えており、日本の投資家に損失が発生する恐れもある。
 

<14日までに実務者レベルの合意が必要>
 

融資再開に向けた協議が7月以降にずれ込むと、6月末を期限とする現在の支援プログラムが失効してしまう。その場合、ギリシャは中断している72億ユーロの融資やEFSFの管理下にある109億ユーロの銀行救済の予備資金を受け取る権利などを失うことになる。

しかも、どうにか融資再開にこぎ着けたとしても、それだけではギリシャが7―8月の総額65億ユーロ超の国債償還費用を賄うことは困難な状況にある。融資再開に手間取るあまり、7月以降の追加支援に関する協議は棚上げされたままで、近日中に3次支援協議をまとめる時間的な余裕はない。
 

中断されている72億ユーロの融資の半分程度はIMFによるものだ。債務の持続可能性と12カ月先までの財政資金に穴がないことを重視するIMFが、現段階で融資再開に応じる可能性は低い。

そのため、夏までにギリシャが手にする可能性がある資金としては、地方政府の余剰資金の活用で最大19億ユーロ、IMF以外の融資再開、つまりEUの最後の融資と欧州中央銀行(ECB)が保有する国債の超過収益の還元で最大37億ユーロしか見当たらない。他方、8月末までに対外債務の支払いに必要な金額は100億ユーロ程度に達する見込みだ。

 
財政救済をEU条約で禁じられたECBが、ギリシャのデフォルト回避のために償還期日の先送りに応じることはできない。

また、EUやIMFの支援スキームに「つなぎ融資」の制度はない。ギリシャが夏場の国債償還を乗り切るためには、1)政府短期証券の発行上限の増額が認められる、2)EFSF管理下にある銀行救済の予備資金の財政資金への流用が認められる、3)緊急の2国間融資が実施される、以外に見当たらない。
 

支援プログラムが失効した段階で1番目と2番目の選択肢が認められる可能性は極めて低い。また、支援協議が暗礁に乗り上げている間に、新たな2国間融資に応じる国があるとも思えない。
 

こうして見ると、月内に融資の部分再開と支援プログラムの再々延長で合意する以外に、ギリシャがデフォルトを回避する術は見当たらない。月内の融資再開から逆算すると、14日までに実務者レベルでの合意、18日のユーロ圏財務相会合(ユーログループ)で合意が順当に承認されるとして、ギリシャ議会での関連法案の採決や一部の支援提供国の議会での事前承認も必要となり、もはや一刻の猶予もない。
 

政権内部の不協和音が高まっていることを考えると、チプラス政権が融資再開に必要な関連法案の議会採決を乗り切るのは困難を伴い、議会の解散・総選挙のリスクが高まっている。選挙結果の如何を問わず、次の政権が発足するまでには数カ月単位で政治空白が生じることになる。融資再開が見送られれば、月末のIMFへの融資返済も夏場の国債償還もできなくなるほか、支援プログラムが失効してしまう。
 

こうした緊急事態に対処するため、ギリシャ議会による関連法案の可決を待たずに、支援提供国側が融資の部分再開と支援プログラムの再々延長を認める可能性は果たしてあるのだろうか。可能性はゼロではないが、支援提供国側のギリシャに対する信頼が著しく損なわれてしまった結果、政治的なハードルは極めて高い。6月末に向けてギリシャ協議はいよいよクライマックスを迎える。
 

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。
 

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