19366 折れた朴槿恵 父の遺産をなぜ壊したか   古沢襄

■久保田るり子氏(産経新聞編集局編集委員)が指摘
 

戒厳令下の日韓基本条約批准・・・「極東の自由主義陣営相互間の結束力強化のために、極東の安全と平和維持に寄与するという大局的見地に立脚し、同時に両国間の善隣関係の樹立が相互の繁栄の前提を準備するのみならず、現在の国際社会における現実的な要請であることを勘案し…」

これはいまから51年前の1月はじめ、韓国国会で朴槿恵氏の父、朴正煕大統領(当時)が行った年頭教書演説の一節だ。演説はこのあとこう続く。(iRONNA/『月刊正論』2015年6月号より )

「政府は現在進行中の韓日会談を早期妥結させるべく、超党派的な外交を推進する」

この決意表明から約1年半後、1965年6月22日、両国外相は東京で日韓基本条約に署名、国交を正常化した。

ソウル市内は野党や学生などによる汎国民闘争委員会が「屈辱外交反対」のデモを繰り広げ、怒号と罵声に荒れた。だが朴正煕は非常戒厳令を宣布して条約を批准した。

朴正煕の演説にある「極東の安全と平和維持」--これを阻む東アジアの冷戦構造は半世紀たってもさほど変わっていない。しかし、父が苦心して作り上げた日韓関係を、娘はドロ沼に突き落としてしまった。

■アメリカからの厳しい目

4月14日、韓国政府は、朴槿恵大統領への名誉毀損で在宅起訴され公判中の産経新聞の加藤達也前ソウル支局長の出国禁止措置を8カ月ぶりに解除した。

なぜ、このタイミングだったのか。

韓国司法当局は解除の理由を「重要な争点の審理が終わった」ことや、「前支局長への人道的配慮」を挙げているが、態度の転換が政治的判断であるのは明らかだ。「対米配慮だろう。特に“言論の自由”や“人道問題”で米国に文句を言われたくなかったのだろう」(外交筋)との見方が少なくない。

直後の16日には、米ワシントンでの日米韓外務次官級協議と日米韓防衛局長級協議が控えていた。

特に次官級会議は米国が設定したもので、日米韓の間で初めての開催となった。議題は北朝鮮問題と日韓問題だった。また、その後に安倍首相のバンドン会議(アジア・アフリカ会議)での演説、そして安倍訪米と上下両院合同会議での演説と続く。

世界に向けた日本の発信と安倍首相のアピール、そして日米関係強化の日程が目白押しだった。

米国は韓国に苛立っていた。

今春以来、米要人の発言が相次いでいた。シャーマン米国務次官は「政治家たちが過去の敵を非難して安っぽい拍手を浴びるのは難しいことではない」と忠告し、キャンベル前米次官補は「金正恩氏とは条件ナシに会う用意があると言うのに、朴氏はなぜ安倍首相とはそうできないのか」と批判した。ローレス元国防副次官は「習近平氏は歴史問題を利用して日米韓から韓国を引き離そうとしているのだ」とずばり指摘していた。

■リーダーとしての器量が父と違う

いまではよく知られるように、半世紀前の日韓国交正常化には背後に米国の強い意向が働いていた。朝鮮戦争(1950-53年)を経て・アジアの火薬庫・となった韓国、北朝鮮という分断国家は、東西冷戦の最前線であった。米国にとって日韓国交正常化は、アジアにおける自由主義陣営の砦であった。

一方の軍事クーデターで政権を取った朴正煕氏にとっては、政権の正統性や大義名分は第一国是の「反共」だけでは足りなかった。

目の前には朝鮮戦争で荒れ果て復興できずにいる民衆と国土があった。

「飢餓や貧困にあえぐ民衆の救済」こそが必要で、体制競争する金日成を制するためにも、経済開発に一刻の猶予もなかった。

その朴正煕のモデルは満州国の経済発展だった。国交正常化で得た無償3億ドル、有償2億ドルの対日請求権資金と日本の民間ベース資金は、乾いた砂漠のような韓国全土を潤し始めた。

朴正煕氏は日韓国交正常化で米韓関係を安定化させ、日本との正常化で国際社会に政権の正統性を印象付け、経済資金を手に入れた。

プラグマチスト(実用主義者)の朴正煕氏は強い指導者だった。日韓国交正常化のあと米国はベトナムに関与を深めていき、韓国はベトナム戦争に参戦、ベトナム特需で飛躍し、日本資本で高度経済成長を遂げた。

しかし、日本に「正しい歴史認識」と慰安婦問題の謝罪を要求し続ける朴槿恵氏に、父親のような政治へのリアリズムも外交の戦略性も見いだせない。

父、朴正煕氏は世論調査で常にトップの評価を受けてきた。

国民所得を約20年で20倍という「漢江の奇跡」を実現、その半面で独裁、圧政の非難も受けたが、人材登用では能力のあるものを抜擢し、組織運営に長けていた。

しかし娘、朴槿恵氏の政治はあらゆる問題に対応が遅く、鈍い。

人事で何度も躓き組織が動かない。韓国国民の朴槿恵大統領への視線は日に日に厳しさを増し、3年目に入った朴政権はいま、苦悩している。

4月中旬のセウォル号沈没事件一年の追悼式典や集会は、事故後の対応に不満と不信を募らせた遺族らの抗議集会と化した。

事故対応の不手際、その後の人事の混乱、一年たっても始まらない真相究明調査、船体の引き揚げ作業など、どれをとってもリーダーの指導力不足が批判の的だ。

加えて朴政権は新たに発覚した朴大統領側近らの裏金献金疑惑も抱え、現役首相が検察の捜査を受けた。取り調べ結果いかんで首相退陣は避け難い情勢で国政には暗雲が垂れ込めている。若干持ち直していた朴大統領の支持率は再び急降下、30%台に急落している。

■反日外交にも疑問の声

そんな朴政権で唯一、国民の支持を受けていたのが「反日外交」だった。

だが、この評価も最近怪しくなってきた。韓国の有力メディアに「別次元に進化した米日同盟、韓国は対応できるのか」「対米外交で日本がリード」「日本よりの姿勢みせる米国」などの見出しが目立つようになったのは、日本が安倍首相の所信表明に続き外務省のホームページ、外交青書のそれぞれで、これまで韓国に関して使ってきた「基本的な価値や利益を共有」との文言を外してからだ。

ソウルでは、折しも駐韓米大使を親北分子が襲撃、重傷を負わせる事件も発生した。米韓関係への韓国の不安は一気に高まった。

一方、安倍外交の日米関係強化の成果は、ようやく形となってきた。

昨秋の集団的自衛権容認の閣議決定に基づき、安保法制の準備が本格化し、日米防衛協力の指針(ガイドライン)改正も間近だ。経済連携政策でも日米は中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に対する慎重姿勢や、環太平洋戦略経済連携協定(TPP)交渉で対中政策の歩調を合せてきた。

そうした日米関係が韓国世論を刺激している。「米国との関係で日本にリードされてしまった!」というわけだ。 

安全保障問題だけではなく、慰安婦問題でも米国は安倍首相の歴史認識を評価した。米紙ワシントンポストの取材に安倍氏は慰安婦が「人身売買の犠牲となり、筆舌につくしがたい痛みと苦しみを経験されたことを思うと、心が痛む」と述べた。

慰安婦は米国で通常「人身売買の被害者」と表現されていることから、米国務省は安倍氏の発言を「歓迎」したが、これが韓国は気に入らない。

「人身売買」とされて強制連行のイメージは薄れてしまった。セックス・スレーブ(性奴隷)は金銭で買われていた。慰安婦に対する日本の歴史認識が「正しくない」と、日韓首脳会談に「日本の正しい認識」を求めてきた朴外交の土台は、米国の安倍発言の評価で揺らいでしまった。

朴大統領の原則主義が放置してきた日韓関係について、韓国の知識人がようやくモノ申すようになった。

韓国の著名な日本研究者は有力紙にこう寄稿している。『日米は韓国の安保の支えだ。日本との関係が改善しなければ米韓関係にヒビが入る可能性があると見抜く眼力が必要だ』。保守政治家もこう書いた。『対日外交、安全保障と歴史認識を切り離せ』『外交の舞台では悪魔と踊ることもためらってはならない』

■朴槿恵氏の目は覚めるのか

朴槿恵大統領は6月にも訪米を予定している。米韓関係は、中国が強く牽制する米国の最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル」(THAAD)配備問題が最大テーマとなる訪米だ。AIIB参加を表明した朴政権は、米中両国の顔を立てることに懸命である。

日韓の戦後を総括する機会となるはずだった国交正常化の記念日、6月22日を両国首脳がどう迎えるのだろうか。日本では朴槿恵政権が醸成してきた嫌韓ムードも一段落の観である。いま日本人は「韓国にはもう疲れた」と言いコリア・パッシング(韓国は無視)といった雰囲気が漂う。

朴槿恵氏に問いたいところだ。日韓関係は「父の遺産」であったはず。それは正の遺産ではなかったか? 負の遺産であったのですか?(産経)

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