■「第4の産業革命」で再び日本企業超えへ“ハノーバー宣言”
ドイツ中部の主要都市、ハノーバー。4月中旬にここで開かれた国際産業見本市でメルケル独首相は最先端のロボット技術などを熱心に見学した。
その約1カ月前、同じハノーバーで開催された情報通信技術見本市「CeBIT」にもメルケル首相の姿があった。ギリシャの債務問題やウクライナ情勢など数々の難題を抱える中、欧州を牽引(けんいん)するメルケル氏が多忙なスケジュールをぬってハノーバーに足を運んだのはなぜか?
その背景を解く前に、ハノーバーでのもう1つの話題に注目したい。CeBITで新たな経営戦略を宣言した韓国サムスン電子の動きだ。
サムスンは、この見本市で新ブランド「サムスン ビジネス」を打ち出し、企業向けの製品・サービス事業を今後の経営の中核に育てる姿勢を鮮明にした。
■企業向けに軸足を
サムスンが企業向け事業を強化すると聞いて、「やはり、そう来たか」と思う人も多いだろう。
同社は成長の柱のスマートフォンが、中国メーカーの低価格攻勢などを受けて一時の勢いをすっかり失い、2014年に3年ぶりの営業減益に転落。
15年1~3月期も前年同期比で約3割の減益と苦戦が続いている。スマホの最新機種「ギャラクシーS6」シリーズの投入で反転攻勢を狙っているが、コスト競争力に加え、技術面でも地力を上げてきた中国勢に追撃される状況は変わらない。
ちょうど、薄型テレビで先行していたパナソニックやソニー、日立製作所など国内の電機大手が、韓国勢のサムスン、LG電子の追い上げを受けたのと同じ構図だ。
収益悪化に悩まされた国内電機メーカーはその後の構造改革でどう動いたか。日立は鉄道や発電システム、パナソニックは住宅設備や自動車関連など、各社ともテレビ事業を縮小する一方で、企業向けビジネスを収益の柱として経営の立て直しを進めた。
製品サイクルが短く、流行の変化や販売シェアの浮き沈みが大きい一般消費者向け製品に比べて、企業向けの製品・サービスは、技術要求は厳しいが、息が長く、安定した収益を見込めるからだ。
ブラウン管テレビのRCAブランドを抱え、白物家電の一大メーカーだった米ゼネラル・エレクトリック(GE)が、かつて日本勢に白物市場を明け渡し、産業機器や金融・不動産サービスの複合企業に転じたように、電機メーカーにとって消費者向けから企業向け事業への経営の重心シフトは安定成長を目指すうえでの常套(じょうとう)手段という側面がある。
増して、日本勢の液晶テレビ、米アップルのスマートフォンの追っかけで急成長し、先行企業の技術やビジネスモデルを“トレース”するのが得意なサムスンが、「三匹目のドジョウ」として企業向け事業に照準をあててきたのは、「やはり」の選択。その方向性自体に驚きはない。
■IoTの聖地、ハノーバーで発表
だが、注目する必要があるのは経営の将来像に通じる重要なメッセージともいえる新ブランド「サムスン ビジネス」の披露の場に、ホームグラウンドの韓国でも、主要市場の米国でもなく、ドイツ・ハノーバーを選んだ点だ。実はその理由が、メルケル首相が足を運ぶ理由でもある。
「インダストリー4.0」。ドイツが2011年に打ち出した政界、産業界、学界が一体となって推進する技術革新の一大構想。その最新情報の世界への発信地となっているのがハノーバーの見本市なのだ。
インダストリー4.0は、自動車や家電、工場設備、住宅、物流施設などありとあらゆるモノをネットにつなげて連携・制御する「モノのネット化=インターネット・オブ・シングス(IoT)」と呼ばれる仕組みの製造業のモデル。
蒸気機関の発明による「第1次」、電力を使った大量生産モデルを確立した「第2次」、コンピューター利用による自動化の「第3次」に続く「第4の産業革命」とも呼ばれる。
人工知能やロボット、ネット上の膨大なデータを分析する「ビッグデータ」なども取り込む最新の技術革新の潮流だ。
たとえば、自動車販売店で、顧客が希望の車の色や装備の仕様を端末に入力して発注すると、その瞬間に物流システムや工場の生産システムが情報を共有し、在庫がなければロボットが自動でオーダー通りの車の生産を始め、必要な部材も発注するといった調子だ。
在庫や注文内容の確認、生産指示などにかける無駄な時間を無くし、生産効率を飛躍的に高めたり、スピーディーなカスタムオーダーサービスなどを実現できるとみられている。
■2020年に3兆ドル超の巨大市場に照準
ドイツは、ハノーバーでの3月のイベントは中国、4月の産業見本市ではインドをパートナー国に位置づけ、メルケル首相がインドのモディ首相を会場に招いて、二国間の産業協力の推進を打ち出すなど、インダストリー4.0を経済成長の大きな原動力と位置づけている。
サムスンが、企業向け事業強化をハノーバーで宣言したのは、ドイツの主要企業との連携も探りながら第4の産業革命の主役の一人に躍り出ようという野心があるからだ。
振り返れば、サムスンのこれまでの飛躍は市場の大きな転換期と重なっている。液晶事業は、パネルの大画面化の量産技術が確立する薄型テレビの普及拡大期。スマホも、「iPhone」に対抗する米グーグルの携帯端末向け無償OS「アンドロイド」の登場によって、従来型携帯電話からスマホへの買い替えが加速する移行期の波に乗った。
大きな技術革新のタイミングを逃さず、一気呵成(かせい)の投資と宣伝マーケティングで市場の既存プレーヤーを抜き去る“嗅覚”は侮れないものがある。
本来、長期のアフターサービスなども伴う企業向けの事業では相応の経験と実績が不可欠。部品やソフトを調達して組み立てれば一定の品質の最終製品がつくれるデジタル家電のようには簡単に競合との差は縮められない。しかし、新技術が市場を塗り替える世代交代となれば話は違ってくる。
サムスンは、1月に米ラスベガスで開催された世界最大の家電見本市「CES」の基調講演で、家電部門を統括する尹富根(ユン・ブグン)社長が「5年以内にすべての製品がIoT対応となり、ネットにつながる」とぶち上げてもいた。
昨年にはIoT関連のソフトベンチャー、米スマートシングスを買収するなど、M&A(企業の合併・買収)による技術取得にも動き出している。
3月の「サムスン ビジネス」のブランド立ち上げと合わせて考えれば、スマホなど消費者向け製品の収益改善策を進める一方で、サムスンが「第4の産業革命」の商機獲得へ全社的な経営のかじを切ったことは間違いないだろう。
調査会社のIDCは、IoTの世界市場は2020年には3兆400億ドルに拡大し、13年~20年の年間平均成長率は13%になると予測している。
米国の大手企業もIoTによる技術革新を産業ビジネスの大きなパラダイムシフトになる可能性があるとみており、米GEは「インダストリアル・インターネット」の名称で、すでに関連技術やサービスを展開。
昨年にはIBM、インテルなど複数の米有力企業とともにIoTの推進組織を発足させ、技術標準化の主導権をにらんでドイツに対抗する動きをみせている。
■日本は警戒怠るな
翻って日本はどうか。産業機器の制御では三菱電機、建設機械の自動制御や保守ではコマツなどがインターネット利用で世界をリードする取り組みを行っており、個々の企業のIoT分野の競争力は国際的にも高いレベルにあるとみられる。ただ、複数企業や業種を横断した広がりは欠いているのが現状で、産業政策上の位置づけもみえない。
気がついたら、サムスンが背中に迫っていた。そんなデジタル家電の“悪夢”の再現にならないように日本の官民は警戒を怠れない。(産経)
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