19907 悪弊に”先祖帰り”のユネスコ?   古沢襄

「ユネスコ」といえば、「またか!」という思いしかない。私たちの世代にとっては”札付きの左翼””管理能力なき組織”の印象が強い。国連の名を汚す存在であった。

ウイキペデイアも「1980年代には、放漫財政等のマネージメントの問題に加え、活動が「政治化」していることのほか、当時のムボウ事務局長が提唱した「新世界情報秩序」がジャーナリストの認可制を導入し報道の自由を制限するものだとして、アメリカ合衆国、イギリスが脱退し、ユネスコの存続は危機に立たされた」と指摘している。

米英の脱退にもかかわらず、日本は、ユネスコにとどまり、分担金の約4分の1近くを担う最大の拠出国として、ユネスコの存続に大きな役割を果たしていた。

しかも政治的偏向や報道の自由に対する問題を解消したマヨール事務局長につづき、日本の松浦事務局長のもとで、管理運営についても全般的な改革がなされ、その結果、英国が1997年7月に、米国が2003年10月にそれぞれユネスコに復帰している。

松浦事務局長の改革については高く評価され、総会や執行委員会でも多くの加盟国から繰り返し表明された。

しかしその一方で、改革の根幹であるRBMの進展やプログラムの整理、官僚主義的な組織機構について、道半ばという印象が残る。私に言わせれば、ユネスコは悪弊に”先祖帰り”している印象が強い。

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