■ロイター・コラムで斉藤洋二氏が指摘
[東京 22日]中国の海外インフラ投資が加速している。報道によれば、習近平国家主席の英国訪問中にまとまった取引の総額は、約400億ポンド(約7兆円)に達するという。目玉は英原発建設に対する投資であり、西側諸国の原発に中国が大型投資を行う初のケースになる模様だ。
周知の通り、習主席は訪英に先立って、9月下旬に米国を公式訪問している。最初に米ワシントン州シアトルへ向かい、米中ハイテク30社の最高経営責任者(CEO)らと会合をした。
出席したCEOは、米国側がアマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト、インテル、IBMなど、中国側はアリババ、聯想集団(レノボ)、百度(バイドゥ)、騰訊(テンセント)などで、習主席の人気ぶりと中国経済の威力が注目された。
同時に米航空大手ボーイングの工場を訪問し、300機(約380億ドル=約4.5兆円)の大型契約を結ぶなど、中国の経済力を前面に押し出して米中融和が演出された。これら習主席による経済外交は副主席時代の2012年に、かつてのホームステイ先であるアイオワ州を訪れ、日本の輸入額の3倍にあたる43億ドル相当(当時の為替レート換算で約3400億円)の米国産大豆購入契約を結んだ例に習うものだ。
ただ、こうした派手な経済外交以上に筆者が注目しているのは、やや旧聞に属するが、インドネシアの高速鉄道受注である。日本と中国が受注を競った同計画は紆余曲折を経て、インドネシア政府の債務保証や一切の財政負担を求めないとする中国案で決定した。
日本のインドネシア向け政府開発援助(ODA)が長期にわたっていたことや、技術面の優位性から日本側の落札への期待は高かった。また、アベノミクスの成長戦略でインフラ輸出の強化が掲げられていることから、この案件を第1号に日本の新幹線輸出は今後、インド、タイ、米国へと発展するとのシナリオが描かれていただけに出鼻をくじかれた感は拭えない。
一方、採用された中国案については、採算や技術面で不安を指摘する向きが多い。とはいえ、この案件獲得に向けた中国の意気込みは凄まじく、新シルクロード経済圏構想を掲げ海外インフラ投資を本格化させたいとの決意を内外に強く印象づけた。
このような中国の海外インフラ投資への強い希求は、過剰な国内生産能力に対する強い懸念と表裏一体だろう。過剰供給解消に向けた経済原理がなかなか働かず、足元で景気減速が進む中、海外需要を当てにした動きは今後ますます加速しそうだ。
<AIIBも中国経済の構造改革を側面支援>
具体的には、まず周辺諸国へのインフラ投資により喚起された需要に対し、セメントや鉄鋼などの資材や鉄道車両など耐久財の供給拡大が図られることになろう。この場合、インドネシアに代表される高速鉄道に加え、高速道路、港湾、ダムなどの投資が行われ、それに伴い中国企業の進出が続く。
また、中国主導で創設されたアジアインフラ投資銀行(AIIB)や、中国を含む新興5カ国(BRICS=ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)が運営する新開発銀行「BRICS開銀」は東南アジア諸国などの開発需要を掘り起こし、中国企業に絶好の投資・進出機会を創出することになろう。
一方、3.5兆ドル(約420兆円)に上る外貨準備は主に米国債など資本市場で運用されているが、ドル安・人民元高の為替リスクに常時直面している中国にとり頭痛の種でもある。したがって、海外へのインフラ投資は、外貨準備を流し込む先が確保されることから効果的であり、この点も早期の取り組みが図られる背景の1つと思われる。
21世紀に入り新興国は、BRICSやMINT(メキシコ、インドネシア、ナイジェリア、トルコ)などと命名され目覚ましく台頭してきた。世界銀行やアジア開発銀行(ADB)など既存の国際開発金融機関だけでは新興国の資金ニーズに応えることが難しくなりつつある。こうした状況下、AIIBやBRICS開銀の設立構想が一気に具体化したのは当然の成り行きだったと言えよう。
ただ、英国参加の動きに触発されてAIIBの創設メンバーが57カ国に達し、中国の意向が銀行経営に直接反映されづらくなったことは明らかだ。その結果、重要案件については、AIIBを通さずに中国と相手国の2国間取引が増加する可能性が高まったと考えられる。
<中国当局が事実上の「爆買い」抑制策>
海外インフラ投資拡大と並ぶ中国の第2の変化は、いわずもがな、国内消費拡大に向けた政策展開だ。
中国旅行者の海外での消費意欲は旺盛だが、国内消費の伸び悩みは明らかとなっている。今年も国慶節の大型連休では日本の津々浦々において爆買いが報じられた。そのおかげで、日本では大企業製造業の景況感が悪化しているのとは対照的に、大企業非製造業の業況判断は改善している。
しかし、海外での爆買いは換言すれば中国にとって国内消費の尻抜けであることから、同国当局は国内消費拡大を図るために衣料品や靴、一部日用品の輸入関税を6月から引き下げている。かかる措置が講じられるのも、中国で売られている輸入品を値下げし、国内消費を刺激するためには当然の成り行きだろう。
さらに、中国人の爆買いを支える銀行・クレジットカード「銀聯カード」による海外での現金引き出しには、新たに年間の限度額(最高10万元=約190万円)が設けられた。マネーロンダリング(資金洗浄)対策だというが、海外へマネーが流出する穴を出来る限りふさぎたいとの政策意図が見え隠れする。
これら国内消費拡大へのなりふり構わぬ対応や、冒頭で触れた海外需要取り込みに向けた怒涛の攻勢は、中国経済の構造改革がいよいよ待ったなしということの表れでもあるのだろう。
中国国家統計局が19日に発表した2015年7―9月期の実質国内総生産(GDP)伸び率は、前年比6.9%と6年半ぶりの低水準となった。また、国際通貨基金(IMF)の世界経済見通しによれば、2015年通年では6.8%、2016年は6.3%まで減速する見込みだ。
IMFの見通しに従えば、中国の経済減速が上記の程度で収まるならば、世界経済は好不況の分かれ目となる3%を上回る成長を維持する見込みだが、仮に今後、中国の成長率が一段と下がり5%水準となれば世界の成長率がそのメルクマールを割り込む悲観シナリオは現実味を増す。国際金融市場は一気に緊張度を増すことになるだろう。
見方を変えれば、ここで取り上げた中国の変化は、そのような悲観シナリオを避けるために必要なものだと言えるのかもしれない。ただし、それは海外インフラ受注競争の激化や爆買いの中国国内回帰などを通じて、日本経済に負の影響を与える可能性もある。
■斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。近著に「日本経済の非合理な予測 学者の予想はなぜ外れるのか」(ロイター・コラム)
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