■1月28日、甘利経済再生担当大臣は、建設会社の関係者から大臣室などで現金を受け取っていたことを認め、辞任しました。「アベノミクスの司令塔」から「政権のアキレス腱」へ。安倍内閣発足時から3年余り、甘利前大臣を取材してきた政治部の岡崎靖典記者が、辞任に至った経緯を報告します。
■きっかけは週刊誌報道
1月16日、神奈川県大和市内の自宅前。甘利大臣は週刊誌の記者から取材を受けましたが、当初は深刻な問題に発展するとは思っていませんでした。
その後、週明けの18日、週刊誌から質問状が届きます。そこには、みずからの秘書が、千葉県の建設会社の関係者から、接待をたびたび受けていたことや、現金を受け取っていたことなどが、詳細な日時や場所まで特定して、事実関係を確認する内容が書かれていました。
東京にいた甘利大臣は半信半疑となり、秘書などに確認の電話を入れ、安倍総理大臣らに対しても、みずからの事務所の政治とカネの問題で、週刊誌から取材を受けていることを報告しました。
週刊誌の内容は発売前日の20日、永田町に伝わりました。記事には、甘利大臣の秘書が、千葉県の建設会社からUR=都市再生機構に口利きをした見返りに、現金を受け取っていたことのほか、甘利大臣自身も、大臣室などで現金を受け取っていたことが書かれていて、「永田町」は騒然となりました。
■「閣僚辞任を覚悟」も・・・
甘利大臣は記者団に対し、「まだ、あす発売の週刊誌であり読んでおりません。正確にどういうことが指摘されているのか事実確認が必要だ。しっかり調査したうえで、国民に疑惑をもたれることがないよう説明責任を果たしていきたい」と述べました。
ただ、この時点から、政府・与党内からも、「すぐにでも閣僚を辞職すべきではないか」という指摘が出ていたほか、「この内容では閣僚の辞任は避けられないのではないか」という声が漏れていました。
■甘利大臣 擁護の声の背景には
一方で、政権幹部の間からは「記事は正確ではなく、辞任するほどのものではない」などと、甘利大臣を擁護する声も出ていました。
甘利大臣が、安倍内閣の屋台骨を支える重要閣僚の1人だったからです。甘利大臣は、第2次安倍内閣発足当初から経済再生担当大臣を務め、政権の看板政策のアベノミクスの取りまとめや、成長戦略の柱、TPP=環太平洋パートナーシップ協定の交渉で中心的な役割を果たしてきました。また麻生副総理兼財務大臣、菅官房長官とともに、重要政策の決定や政権運営にも関わってきました。
それだけに政権幹部の間では、進退問題に発展するようなことになれば、安倍総理大臣の政権運営にも重大な影響を及ぼす恐れがあるという危機感が共有されていました。
■甘利大臣の心境は
こうしたなか、甘利大臣は周辺に対して、「ポストに恋々とするようなことはしたくない」、「新年度の予算案の審議に影響を与えるようなことはあってはならない」などと漏らしていました。一方で、甘利大臣は、国会審議の中で野党側から厳しく追及を受けた際には、「託された職務を全力でまっとうしていきたい」などと述べ、閣僚としての責任を果たす姿勢を強調していました。
政権幹部からの慰留と、政治家としての矜持、この間で、甘利大臣の心境は大きく揺れていたことが伺えました。
■勢いづく野党
国会では、疑惑を反転攻勢のチャンスと見た野党側が、追及を強めました。
週刊誌報道の翌日の22日。国会では、安倍総理大臣の施政方針演説や甘利大臣の経済演説など「政府4演説」が予定されていました。しかし、甘利大臣の経済演説の前に、疑惑の説明を加えるよう求める野党の要求に、応じられないとする与党。衆議院本会議は予定より1時間遅れて開会し、国会審議にも影響が出始めました。
翌未明、甘利大臣は、スイスに向かう政府専用機の中にいました。一部の野党の反対を押し切って決まった世界経済フォーラムの年次総会「ダボス会議」へと向かっていました。
機内でも甘利大臣は、同乗した閣僚らから励まされました。しかし、安倍内閣の経済政策のアピールを目的に出席したダボス会議でも、海外メディアから、みずからの政治とカネの問題について質問を受ける結果となりました。甘利大臣自身、「わたし自身、もう少し明るい気持ちで、ここに来たかった」と答えざるを得ませんでした。
■「10%落ちても」
24日午後、羽田空港に降り立った甘利大臣には、永田町の厳しい現実が待っていました。待ち受ける記者、取り囲むカメラ。こうしたなか甘利大臣は、間接的に安倍総理大臣の言葉を耳にしました。
「たとえ内閣支持率が10%くらい下がってたとしても、甘利大臣には頑張って続けてもらいたい」。甘利大臣は、安倍総理大臣への感謝の気持ちが湧く一方で、みずからの問題で国会審議に影響が出るなかで、これ以上、安倍総理大臣に迷惑をかけるようなことはあってはならないという気持ちが強くなっていきました。
また、安倍内閣の経済政策の取りまとめ役を担ってきた甘利大臣には、経済の好循環を力強くしていくためにも、予算審議の遅れは許されないという思いもあったほか、仮にこのまま踏みとどまっても、野党側からの追及は緩むことはないだろうという気持ちもありました。そして甘利大臣は決断します。
「これ以上、迷惑はかけられない。早く閣内から去るべきだ」。辞任表明の数日前のことだったと振り返ります。ただ、甘利大臣が決意を伝えたのは、永田町でもわずか数人。トップシークレット扱いでした。
■記者会見に
甘利大臣は、週刊誌報道から1週間後の28日、疑惑払拭に向けて記者会見に臨みました。先に甘利大臣が職責を全うする考えを強調し、安倍総理大臣ら政権幹部からも、説明責任を果たしたうえで、続投を期待する考えを示すなかで、多くの関係者が甘利大臣は続投するものと考えていました。
こうしたなか甘利大臣は、記者会見で、まず元検事の弁護士を交えた調査結果を公表し、大臣室で現金を受け取ったことや、秘書が政治献金の一部を個人的に使っていたことを明らかにしました。
そのうえで甘利大臣は、みずからは不正に一斉関わっていないと強調したうえで、「デフレから脱却し、強い経済を実現するためには、新年度予算案および重要関連法案の、一刻も早い成立こそが求められており、その阻害要因となるものは、取り除いていかなければならない。私もその例外ではない」などと述べ、辞任する考えを表明しました。
ただ、民主党など野党側は今後、安倍総理大臣の任命責任をただしていくほか、甘利前大臣の国会への参考人招致も検討するなど、国会審議で厳しく追及する方針です。
■会見を終えて
会見を終えた甘利前大臣は、さばさばとした表情でした。甘利前大臣は、みずからの辞任で安倍政権が抱える不安要素がひとつ消え、引き続き経済の好循環の実現に向けて邁進できる環境が整ったと考えているのだと思います。
辞任表明から一夜明けた甘利前大臣は、内閣府などの職員に向けた退任の挨拶で、「安倍内閣はまだまだ続くし、続けさせなければいけない。そしてこの間に、日本が解決しなければならない課題はすべて全部解決をするというつもりで業務に邁進し、その使命を安倍内閣と一緒に果たして頂きたい」と述べました。
一方で、甘利前大臣には、今後の政権運営で気がかりなこともあります。安倍内閣では、消費税率の引き上げ延期、消費税率の10%に引き下げる際の軽減税率の導入、法人税の実効税率の引き下げなど、大きな政策判断を下す際、政権中枢でも意見の違いがありました。
財政規律と経済成長、どちらをより重視するかという意見の違いです。甘利前大臣には、こうした際に、深刻な対立に発展しないよう緩衝材の役割を務めてきたという自負があります。このため甘利前大臣は閣外に去っても、できるかぎり意見調整がうまくいくよう党の中で役割を果たしたい考えです。(NHK)
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