8カ月前、ジェブ・ブッシュ氏は大統領選の予備選出馬の意向を表明し、米国の移民の歴史を高く評価していると強調した。
出馬演説では、その一節をスペイン語で、「私のメッセージは楽観的なものになるだろう。なぜなら、われわれがこの国の今後数十年間を最高なものにできると確信しているからだ」と述べた。
ブッシュ一族の同候補は、家柄には恵まれたが、高い期待と反エスタブリッシュメント(主流)層の怒りを受け、9日のニューハンプシャー(NH)州予備選挙で正念場を迎える。
同候補個人にとってだけでなく、共和党の名門ブッシュ一族にとってもそうだ。ジェブ・ブッシュ氏は大統領選勝利へのエネルギーを再び充填(てん)し、有力な候補として前進できるほど健闘するのだろうか、それとも大統領政治における注目の「ブッシュ・レース」が終息に向かい始めるのだろうか。ニューハンプシャー州の状況はかなり流動的で、どちらにも転び得るものだ。
ブッシュという名前を持つ男たち、つまりブッシュ一族は、過去10回の大統領選挙で、大統領ないし副大統領候補に7回出馬している。そのうち5回成功を収めた。ブッシュ一族はだいたい有力候補だったが、そうでない時もあった。
1988年、ブッシュ候補の父親であるジョージH・W・ブッシュ(父ブッシュ)はニューハンプシャー州で息子が今直面しているのと同じ試練に立たされていた。
彼は当時、現職の副大統領で、共和党大統領指名選挙だけではなく、大統領選の本命だった。だが、アイオワ州の党員集会で敗北し、不透明感が増すなかでニューハンプシャー予備選に臨んだ。
しかし彼はこの予備選に勝利し、共和党の大統領候補指名とホワイトハウス入りを確実にした。
彼の息子のジェブ・ブッシュ候補にもひょっとするとニューハンプシャー州で電撃的なことが起きるかもしれない。だが、ブッシュ陣営はこれまで期待を大きく裏切る成績しか残していない。同候補はアイオワ州ではその他大勢でしかなかったし、現時点で、ニューハンプシャー州あるいは他のどこでも勝利の展望は見えない。
だが、今年の大統領選のレースには共和党主流の候補のための場所が依然として空いているため、ブッシュ候補はその場所を占めるチャンスがあることを示すだけで選挙戦を続けていくことができる。
同候補陣営に属さないあるベテランの共和党ストラテジストによれば、ブッシュ氏はフロリダ州選出の上院議員マルコ・ルビオ氏、オハイオ州知事ジョン・ケーシック氏、そしてニュージャージー州知事クリス・クリスティー氏とともに、主流候補のスペースに「団子状態」に詰め込まれて9日のニューハンプシャー州予備選に臨む。
そして、同州では投票者全体の40%が誰に投票するか未定と答えているだけに、依然として4人のうち誰かがこの団子状態から抜け出し、最有力候補のドナルド・トランプ氏に対する強力な対抗馬になる可能性がある、と同ストラテジストは言う。
クリスティー候補は週末の共和党討論会で、ルビオ氏を攻撃するダーティーな戦術を使ってブッシュ候補を助けた。
この結果、ブッシュ候補は少し救われ、この光景がルビオ、クリスティー両氏を泥沼に引きずり込んだ可能性がある。
また大半の人々は、ブッシュ氏がこれまでで同氏としてはベストの討論を展開したとみている。前出のストラテジストは「ニューハンプシャー予備選は番狂わせになる感じがする」と述べた。ひょっとすると、そうかもしれない。
だが他方で、2016年は1988年ではない。今年のブッシュ候補の楽観的メッセージは、ひどく場違いなように思われた。
今年は、トランプ氏が米国の現在の指導者たちだけでなく投票者の一部をも「間抜け」と呼び、米国が全体的に混乱していると宣言することによって躍進した年だからだ。
ブッシュ候補のヒスパニック系への配慮は、同候補の出馬演説でのスペイン語による3つの文に表れているが、今から思い返すと奇妙にみえる。その後、選挙戦が反移民感情に支配され、討論では腕を広げて移民を歓迎するべきだというよりも、壁を構築すべきだという主張のほうが支配的になったからだ。
今年はまた、選挙資金がかつてと同様の利点をもたらすような年ではない。ブッシュ候補は昨年、資金面では大きなリードを持って出発したし、その資金を踏み台にした。
ブッシュ陣営自体は資金が潤沢だったし、同氏を支持しているスーパーPAC(特別政治活動委員会)は、大統領候補支援にあたって巨額の金を早急に調達することがどういうことかについて全く新しい基準を設定した。
だが、これまでのところ、それはほとんど何の差異ももたらさなかった。実際、ブッシュ候補を支持しているスーパーPACは、共和党主流派内部で一部の人々から激しく非難された。何百万ドルものカネを使った攻撃の矛先を、最有力候補のドナルド・トランプ氏に向けるのではなく、同胞のフロリダ州出身で党主流にも受け入れ可能なルビオ氏に向けたからだ。
ルビオ氏が凋落し、ブッシュ氏に道を譲るとすれば、この戦略はそれほどクレージーとも思われない。この間、ブッシュ氏は多くの昔ながらの戦術を講じた。例えば、過激派組織「イスラム国」(IS)との戦いのための真面目な戦略を立案し、詳細な税プランを提案した。それは真面目な有権者の関心を呼ぶと想定されているものだった。
しかしそうはならないかもしれない。ニューハンプシャー州予備選はこれまでブッシュ一族にとって、良い結果をもたらしたことも悪い結果をもたらしたこともある。
1988年には父ブッシュを救ったが、2000年にはブッシュ候補の兄ジョージ・W・ブッシュがアリゾナ州選出のジョン・マケイン上院議員に敗れ、ほとんど脱落一歩手前に追い込まれた。
ブッシュ一族は長年にわたって、ニューハンプシャー州で綱渡りを演じてきた。だが、今年はかつてなかったほどに厳しい。(米ウオールストリートジャーナル=筆者のジェラルド・F・サイブはWSJワシントン支局長)
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