20336 政治家はなぜ「見た目」が重要か   古沢襄

■写真で当落予測も

ニューハンプシャー州で行われた米大統領選の共和党候補者によるテレビ討論会を見た人は、彼らの姿についてさまざまな記憶が残っているはずだ。例えば、テッド・クルーズ上院議員の突き出た顎、ベン・カーソン氏の慈愛にあふれたこめかみ、ドナルド・トランプ氏のブロンドの髪、マルコ・ルビオ上院議員のふっくらした頬と少年のような顔立ち・・・。

これはすべて外見にすぎず、問題なのは候補者の「中身」だと言う人もいるかもしれない。しかし政治においては、私たちが認識している以上に見た目が重要だ。

実際に、私たちは候補者を見た瞬間に政治的な決断を下し、長い間それをあまり変えないことが多い。プリンストン大学のアレクサンダー・トドロフ教授らが実施し、2006年にサイコロジカル・サイエンス誌に掲載された研究結果によると、見知らぬ候補者たちのスナップ写真を見た瞬間に支持者を選んだ実験参加者は、04年の上院・下院選挙の当選者を70%近い確立で予測することができた。参加者は考える時間が長くなっても、第一印象で選んだ候補者を変えなかった。

08年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された別の研究結果では、トドロフ教授と同僚のニコラ・オウステルオフ氏が、写真の顔の特徴にデジタル処理で手を加え、私たちが何によってある候補者に強く引きつけられるのかを明らかにした。これにより、頬骨が高く、眉の内側が湾曲していて、表情が明るい、丸みを帯びたベビーフェイスが信頼感を与えることが分かった。

ソーシャル・サイコロジカル・アンド・パーソナリティー・サイエンス誌の新しい研究結果によると、こうした外見は生死の分かれ目となる可能性もある。顔の特徴を基に、有罪判決を受けた殺人犯の信頼性を調べたところ、見事に判決内容に比例した。信頼感の度合いによって、ある囚人が終身刑と死刑のどちらの判決を受けたかを予測できた。

私たちは外見だけで他人に関する重要な推論を下しているのではない。昨年6月にジャーナル・オブ・ニューロサイエンス誌に掲載された別の研究結果によると、他人に関する複数の情報を取り入れられるかどうかは脳が健康かどうか、正確には眼窩前頭皮質に問題がないかどうかにかかっている。頭蓋底の眼球の真後ろにある脳のこの部分は、社会的な意思決定と衝動の制御、そして政治的選択をつかさどっているという。

モントリオール神経学研究所とマギル大学のレズリー・フェローズ博士とその研究チームは、眼窩前頭皮質が大きな損傷を受けた時に何が起こるか、それが候補者の第一印象にどのような影響を与える可能性があるかについて調べた。研究チームは、動脈瘤(りゅう)や腫瘍の摘出手術によって眼窩前頭皮質の機能は失ったものの、その他の認知能力には問題のない7人の実験参加者を探し出した。対照群は、前頭葉に損傷を受けたが眼窩前頭皮質は無事だった18人のグループと、同等の健常者のグループとした。

研究チームは、実験参加者に政治家候補の顔写真を2枚ずつ見てもらった。参加者は候補者のことは知らず、彼らに関する情報もない。参加者はまず写真を基に2人の候補者のうち1人に投票した。次に、自分が感じた魅力と能力(後者は外見からの推測)の2項目によって候補者をランク付けした。

健常者のグループと18人のグループの投票結果を見ると、魅力と能力の両方が考慮されていた。つまり彼らは、最も魅力的ではなくても能力があると判断した候補者に投票する可能性がある。しかし眼窩前頭皮質に損傷を受けた7人の投票結果では、ランキングと合致したのは外見の方だけだった。つまり彼らは最も魅力があると思う候補者に投票した可能性が高い。

幸運にも脳に損傷を受けていない私たちでさえも、誰かを好きな理由を説明できないことが多い。フェローズ博士は私に「結局のところ、脳は実にさまざまな要因で埋め尽くされている。いっぱいになりすぎると、人はかえって単純になる」と語った。(米ウオールストリートジャーナル)

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