■嶋津洋樹氏 SMBC日興証券 シニア債券エコノミスト
[東京 7日]中国・上海で20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議を終えて帰国した日本の関係者らは、自分たちが現地で得ていた手応えと、国内での評価との差に驚いたに違いない。
もちろん、声明に金融、財政、構造改革というすべてを盛り込んだことについて、具体性が乏しいとか、実際の協調は困難との批判は覚悟をしていただろう。
しかし、あたかも日本の通貨政策や金融政策が懸念材料となり、批判の対象となったかのような論調が強まるとは夢にも思っていなかったのではないだろうか。
実際、直前の報道では、米国が中国や欧州、日本などを対象に積極的な財政政策を求めると同時に、国際的な資本規制を容認する姿勢に転じたことが伝えられていた。
日本にとっては、前者は追加の景気対策を正当化し、後者は金融市場の安定につながることで、年初からの円高・株安の流れを止めることになる。
そもそも、円は2月1日以降、上海G20の開催前日の同月25日までに実効為替ベースで7%の上昇と、北欧やオセアニアなどを含めた主要通貨のなかで最も買いを集めていた。日銀が「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入を決定した1月29日以降でも6.6%の上昇である。
しかも、国内ではマイナス金利の効果に懐疑的な見方が多く、実際に円高がかえって進んだことを「副作用」と批判する声すらあった。それが、日本が競争的な通貨切り下げを行っているとの懸念や批判があったとの話になったのだから、日本の当局側もキツネにつままれたような気持ちになったのではないだろうか。
<ユーログループ議長発言の謎>
きっかけは、ユーロ圏財務相会合(ユーログループ)のダイセルブルーム議長が日本を名指しして、競争的な通貨切り下げを行うことへの懸念があったと述べたと報じられたこと。それと前後して、為替相場の下落につながるような政策決定を行う際には、事前に通知することで合意したことも明らかにしたと伝えられたことで、国内では日銀の追加緩和が難しくなるとの指摘も相次いだ。
しかし、カーニー総裁に言わせれば、金融緩和にもかかわらず国内需要を十分に盛り上げず、輸出の増加をけん引役に国内景気の回復を謳歌するドイツこそ、近隣窮乏化で世界経済の足を引っ張る犯人である。
結局、上海G20で議論の俎上(そじょう)に上がった国は日本ではなく、ドイツだった可能性が高い。
ドイツと同様に経常黒字の拡大が続くオランダなどの北部欧州もその対象だったと考えられる。
そして、ダイセルブルーム議長の出身国はオランダである。今となっては、ダイセルブルーム議長が日本を名指ししたかどうかまではわからないが、自国への批判をかわそうとして、経常収支の黒字幅が拡大する日本の名前を出した可能性は否定できない。
なお、経済協力開発機構(OECD)が上海G20に向けて公表した報告書によると、2011―14年における日本の構造改革の進展度合いは、評価の対象となった38カ国で上から25番目だった。
一方、欧州はギリシャを筆頭に、ポルトガル、アイルランド、エストニア、スペインと、欧州債務危機の震源地となった国を中心に上から5番目までを独占している。しかし、オランダは28番目、ドイツは29番目と、日本よりも評価が低い。
ドイツのバイトマン連銀総裁やショイブレ財務相は上海G20を前にダイセルブルーム議長らとともに、金融政策や財政政策の限界と、構造改革の取り組みの重要性を繰り返し強調していた。
OECDの報告書に従えば、日本で構造改革への取り組みが必要なことは疑いようもない。しかし、自国のことを棚に上げて、批判の矛先を日本へ向けたと思われても仕方がない今回のやり取りは、国際政治的には上手な振る舞いと言えても、個人的には違和感の残るものである。
*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントを経て2010年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネージャーとして、日米欧の経済、金融市場の分析に携わる。
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