中国内陸部甘粛省の地元紙、蘭州晨報の記者、42歳の張永生氏の悪夢は2016年1月7日から始まった。
午後3時40分ごろ、甘粛省武威市中心部で行われた防災訓練で、担当者が対応を誤り、消し止められたはずの火元が周辺建物に引火し、大きな火事となった。同市当局者は直ちに、各メディア担当記者の携帯電話に「火事のことを取材するな」との内容のショートメッセージを送った。
しかし、張氏はこのメッセージを無視した。家族と同僚に「現場にいく」と連絡してから車で向かったが、そのまま行方不明となった。
2日後の1月9日午後、地元の警察が家族らに対し「7日午後4時頃、市内のスーパー銭湯の個室で張氏がマッサージ業の女性と淫らな行為をしていたところ、警邏中の警察官に発見され、買春容疑の現行犯として逮捕された」と連絡してきたという。
しかし、火事現場に向かった張氏がスーパー銭湯に寄り道することはあまりにも不自然だ。蘭州晨報と張氏の妻は警察に対し、犯行当時の詳しい状況と防犯カメラの映像などの証拠提示を求め続けると、約一週間後、買春容疑を撤回、「記者の立場を利用して他人から金品をゆすり取った」との逮捕容疑に切り替わった。
後で分かったことだが、張氏とほぼ同じ時期、蘭州晩報の女性記者と西部商報の男性記者も公安当局に拘束された。いずれも火事を取材しようとしたとみられる。
武威市当局と新聞記者との緊張関係は以前からあった。地元の共産党宣伝部管理下の新聞各紙は指示を無視して、事件事故、不祥事などを度々報道したことが当局の逆鱗に触れてきた。同地域の新聞の競争が激しく、部数を伸ばしたい新聞社が記者たちの踏み込んだ取材を黙認してきたことが背景にあるといわれている。
武威市出身の張氏は多くのスクープ記事を飛ばしたスター記者で、「未成年者の集団売血事件」「警察が囚人のために戸籍を不正取得」などの不祥事報道で広く知られた。これまで当局者から何度も「政府の足を引っ張る報道はやめなさい」と言われたという。
記者たちと政府の対立が決定的になったのは、2015年12月28日に起きたチョコレート事件だ。武威市のスーパーで、チョコレートを万引した13歳の女子中学生の両親に商品の10倍に相当する罰金を請求し、極貧の両親が払えず、中学生が飛び降り自殺した事件だ。一家に同情した千人以上の市民がスーパーを取り囲んで抗議、警察と衝突する騒ぎに発展した
張氏らは当局の報道禁止令を無視して、掘り下げて取材し、政商癒着の実態や、貧富の差ができた原因などを分析する多くの秀逸な記事を新聞やインターネットに出稿し、大きな波紋を広げた。
これらの記事で「恥をかいた」と思った地元当局は張氏への監視態勢を強化したといい、張氏は同僚に「チョコレート事件以降、尾行や盗聴がひどくなった」と漏らしたという。
張氏が逮捕されたことを受け、蘭州晨報は「多くの疑問点がある」との公開書簡をインターネットに発表し、逮捕は公安当局の「記者への報復」の可能性があると指摘した。
北京の人権派弁護士や著名な大学教授などは相次いで張氏と蘭州晨報を応援する文章をインターネットに発表した。
世論の圧力を受け、武威市の公安当局は2月6日までに張氏を含めた3人の記者の保釈を認めた。しかし、3人の「恐喝容疑」は依然として残り、今後、起訴される可能性が高いという。
張氏に関しては、7年間で約「5000元(約9万円)」を不正に受け取ったとの容疑があるとされるが、地元のメディア関係者は「余りにも少額で、事実だとしても会社と記者の問題で、事件にするのはおかしい。張氏がこれまで会社の給料以外で受け取った原稿料などをみな犯罪による所得にしているのだろう」と話している。
昨年末に香港の書店関係者拉致事件と、今回の甘粛省の記者逮捕事件、一連の言論弾圧事件は偶発的なものではなく、習近平指導部の方針で、これまで共産党中央宣伝部が中心となってきた言論統制が、警察にシフトしたと指摘する党関係者もいる。これからは逮捕者が急増するかもしれない。
中国でジャーナリストにとっての冬の時代が、これから本格的にやって来そうだ。
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