20749 中国人が爆買いをしなくなる日…中国版「構造改革」の行方   大和総研

■大和総研主席研究員 齋藤尚登氏の分析
 

中国人はなぜ東京・秋葉原や大阪・日本橋まで来て、日本製の炊飯器を爆買いするのか。それは、中国メーカーが同じような製品を作れないからである。

その一方で、付加価値の低いものを過剰に生産し続けている。豊かになった中国人は、より高性能で高級な品物を欲するようになる。そうした中国の消費者を満足させる製品を作れなければ、中国は成長を続けることができない。

その点は中国政府もわかっていて、この3月に開かれた第12期全国人民代表大会(全人代)第4回会議では「供給側(サプライサイド)の構造改革」が議論された。改革が実現すれば、中国人が日本で爆買いをすることもなくなるのだろうか。大和総研の齋藤尚登・主席研究員に寄稿してもらった。

「炊飯器には大した技術もないと思っていたが、詳細に研究してみたところ、中国の国内メーカーには作れないとわかった。食感のよいご飯は米粒が炊飯器の中で踊るようにしてでき上がる」

今年の全人代の分科会で炊飯器が話題になった。現地からの報道によると、発言の主は中国のスマートフォン大手「小米シャオミ科技」創業者の雷軍会長である。

小米科技は2010年の創業以来、急成長をとげ、中国国内のスマホ市場で15%のシェア(占有率)を握る。雷会長の発言の影響力は大きい。雷会長によると、米粒が踊る炊飯器は特許を持っている日本のメーカーにしかできないのだという。

雷会長は「最初は中国人の間で外国製品への信仰があると思っていたが、調べてみると、確かに日本の炊飯器は中国製品よりよくできている」と認めた。

今年の全人代のキーワードは「供給側の構造改革」であった。中国の企業はますます高度化・高級化する中国の消費者の需要に対応できていない。その一方で、付加価値の低いものを過剰生産している。だから過剰生産をなくし、技術革新を進めて産業の高度化を図るべきだ、というのが「供給側の構造改革」の意味するところである。

改革の柱は5つ。(1)過剰生産能力の解消(2)過剰不動産在庫の削減(3)脱レバレッジ(4)企業のコスト引き下げ(5)不足の補充――である。

李克強首相が政府活動報告で言及した第13次5か年計画や16年の重点活動を踏まえ、中国が「供給側の構造改革」で何をしようとしているのか、ツッコミどころも含めて順に見ていきたいと思う。

■過剰生産能力、正味の削減量は?

中国の場合、改革の一番手に来るのが過剰生産能力の解消だ。例えば、15年における中国の鉄鋼生産能力は12億トン。実際の生産量は8億トンで、そのうち1億トンは輸出された。中国が利益を度外視して輸出攻勢をかけたおかげで、世界の鉄鋼価格が大きく下落したのは周知の通り。非効率な設備をいつまでも抱えておくことは、中国にとってもやがて重荷になるはずだ。

李首相は政府活動報告で、「13~15年の3年間で、製鋼・製鉄9000万トン以上、セメント2.3億トン、板ガラス380万トン、電解アルミ100万トン以上の旧式生産能力を廃棄した」と述べ、成果を強調した。

しかし、これにはカラクリがある。例えば、減らした製鋼・製鉄9000万トンというのは「旧式」の鉄鋼生産能力だ。この間に「正味(ネット)」の生産能力は1億トン増加したのだが、それには触れていない。政府の宣伝とは裏腹に、過剰生産が削減される方向には進んでいないのだ。

中国は鉄鋼の生産能力を、今後5年で最大で1.5億トン削減する計画だ。石炭の生産能力を、今後3~5年で10億トン削減する計画もある。過去3年の「実績」を見る限り、残念ながら、これは「正味」で削減されるものではないだろう。

今後は、生産能力の削減を推進する一方で、新規投資はエネルギー効率や付加価値の高いものに厳選するなど、全体の生産能力を大きく増やさないことが重要になる。

一方で、中国政府がこの問題に真剣に取り組み始めたと期待を抱かせる動きもある。政府活動報告で「中央財政は1000億元(約1兆7350億円)の特別奨励・補助資金を拠出し、過剰生産能力の解消に取り組む企業の従業員の再配置・再就職支援に重点的に充てる」とした。

過剰生産能力問題に大胆にメスを入れることができなかったのは、生産拠点の閉鎖などで大量の失業者が出ることを恐れているからだ。中国政府は雇用問題に政策的な手当てをする意思があることを示したわけだが、それでも過剰生産能力の解消は大きな困難を伴うだろう。この点は、最後にもう一度触れることにする。

■過剰不動産在庫、削減は政治任務

景気減速を食い止めたい中国政府は、売れ残りのマンションや住宅など過剰な不動産在庫に神経をとがらせている。その削減は単なる経済問題ではなく、「政治任務」であるとの表現まで使われ始めた。

このため、16年2月以降は(1)住宅ローンの頭金比率のさらなる引き下げ(2)住宅購入の際に払う契約税の軽減――など購買意欲を刺激する政策が実行に移された。

中国の住宅の販売額は15年1~2月が前年同期比16.7%減で、これが直近では一番の底だった。しかし、それ以降は回復基調に乗り、昨年1年間を見ると前年比16.6%増となった。それでも中国政府は在庫削減に向けた手を緩めることなく、刺激策を導入した。「政治任務」と言われるゆえんである。

16年1~2月は、前年同期が低水準だったことに加えて、前記の政策の効果が加わり、前年同期比49.2%増と急増している。

マンションや住宅などへの人々の購買意欲が増すと、不動産開発投資も活発になる。不動産開発投資は15年の時点で固定資産への投資全体の17.4%を占め、鉄鋼やセメントなど裾野となる産業も幅広い。景気の牽引けんいん役として期待されているのだ。

15年の不動産開発投資は前年比1.0%増にとどまり、14年の10.5%増から急減速したが、これが16年1~2月に前年同期比3.0%増と上向いたのは朗報である。今後、不動産開発投資が順調に回復していけば、中国の景気減速に歯止めがかかる可能性が高くなる。それは世界経済にとってもプラスになるだろう。

■地方の債務、抜本解決は先送り

リーマン・ショック直後の08年11月に、中国政府は4兆元(当時のレートで約54兆円)という大規模な景気対策を発動した。この結果、地方では未曾有の投資ブームが沸き起こり、地方政府融資平台(中国版第三セクター)を中心に債務が膨れ上がった。

脱レバレッジというのは過剰債務問題の軟着陸を図るもので、特に地方政府に関連する債務が金融リスクとなるのを防止し、解消することに重点が置かれている。

中国政府は、この問題の抜本的な解決を先送りする方針を決めた。15年に返済期限を迎える地方政府関連債務3.2兆元分の全てが、中長期・低金利の地方債に置き換えられたのである。地方政府の債務問題が表面化するのはひとまず回避された。

地方債の発行利回りの上限は国債利回り(昨年12月末時点で10年物は3%)の1.3倍に規制された。従来8%前後だった金利負担が、2分の1以下となったプロジェクトも多い。こうなると地方債を誰が買うのかという素朴な疑問がわいてくるが、これは中央・地方政府の支配下にある銀行がほとんどを購入している。つまり、地方政府が背負ってきたリスクを銀行が肩代わりしたということだ。

これで、地方政府が一息ついたことは明らかだ。15年中の返済が猶予され、金利負担も大幅に削減されたことで、地方政府の資金繰りがある程度改善し、新たな投資プロジェクトも動き出した。固定資産投資の先行指標となる新規着工プロジェクトの総投資計画額は、15年は前年比5.5%増となり、16年1~2月も大きく回復している。

■減税で企業のコスト引き下げ

中国の企業は、人件費の高騰などでコスト増、国際的な競争力の低下に悩まされている。政府は企業のコスト引き下げを後押しするために、様々なメニューを用意した。

今、挙がっているのは、許認可にかかるコスト、租税負担、社会保険料、財務コスト、電力料金、物流コストの引き下げなどである。

全人代では、16年の財政赤字は15年予算と比べて5600億元多い2兆1800億元(約37.8兆円)とした。それに伴い、財政赤字の対GDP比も2.3%から3%に拡大する。財政赤字が増加した分のほとんど(5000億元)は、減税や料金等の引き下げに充てられる計画だ。

今年5月1日からは、建築業、不動産業、金融業、消費者向けサービス業で、営業税(サービスの提供、不動産の販売などにかかる税金。仕入れ時に支払った税金は控除できない)から増値税(物品の販売やサービスの提供などにかかる税金=付加価値税。仕入れ時に支払った税金は控除できる)への切り替えが実施され、企業の税負担を軽減することになっている。財政支出の伸びは抑制され、一部で期待されていたリーマン・ショック後に匹敵する景気対策の再現は、想定されていない。

■研究・開発費は増えるのか

「不足の補充」とは、文字通り足りない部分を補うということ。ここでは中国の弱い部分を補強することを指す。すなわち、脱貧困、企業の技術革新と設備の更新、新しい産業の育成、ソフト、ハード両面のインフラ増強、人材への投資の強化などである。

企業や新しい産業を育成し、発展させるためのキーワードは「イノベーション」である。第13次5か年計画では、小項目を含めて12項目が新たに目標として採用され、そのうち、イノベーションに関連する項目が5項目に上った。

イノベーションに関連し、注目されている国家戦略のひとつに15年3月に打ち出された「インターネット+(プラス)」がある。これは、インターネットと既存産業の融合により、新たなビジネス分野を開拓することであり、既にある程度の成果が出ている。

例えば、ネット販売は14年に前年比49.7%増と急増した後、15年も33.3%増と好調を持続した。小売りの売り上げに占めるネット販売の割合も15年には12.9%に拡大した。

第13次5か年計画で、ADSLなど固定ブロードバンドの家庭普及率を15年の40%から20年には70%に引き上げ、無線LANなど移動ブロードバンドユーザーの普及率を同様に57%から85%に引き上げることを新たに目標に加えたのは、「インターネット+」の加速が目的である。

中国企業の自主開発能力の低さなどが指摘されて久しいなか、イノベーションが掛け声倒れに終わるのではないか、との懸念はもっともである。

15年に終わった第12次5か年計画の実績を当初の目標と照らし合わせて見ると、研究・開発(R&D)投資の対GDP比率は、主要24項目の中で唯一、未達成に終わった。

実は、この項目は第10次5か年計画(01~05年)から未達成が続いている。

これは、中国企業がR&D投資をコストとしかみなさず、投資に消極的であったことが主因の一つである。これでは「米粒が踊る炊飯器」など作れるわけがない。

こうした中で、16年からは企業のR&Dへの投資やかかった費用を割り増しして課税対象から控除するというインセンティブが始まる。これが、企業のR&D投資への意欲に変化を与えるのか、中国企業の今後の動向に注目したい。

「供給側の構造改革」は、基本的には景気や企業業績を押し上げる要因となる。ただし、「過剰生産能力の解消」は失業増加などの痛みが先行し、しかもその痛みは全体で分かち合うのではなく、遼寧省(鉄鋼)、山西省(石炭)など一部地域に集中する可能性が高い。遼寧省の15年の実質経済成長率は前年比3.0%、山西省は3.1%にとどまった。

すでに失速ともいえる状況だ。こうした地域でこれから「過剰生産能力の解消」を強力に推し進めていけるのだろうか。おそらくインフラ投資を傾斜配分するなど政策的な手当てを同時に行うなどして、徐々に進めていくのだろう。

中国版の「構造改革」の本丸に切り込んでいくには、少なくとも時間がかかるということである。

■プロフィル=齋藤尚登(さいとう・なおと)

大和総研主席研究員。1998年入社。2003~10年、大和北京で中国経済、株式市場制度を担当。15年より現職。主な著書に『この1冊でわかる 世界経済入門』(日経BP社、共著)、『中国改革の深化と日本企業の事業展開』(日本貿易振興機構、共著)など。
 

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