20796 都市直下地震、もし「帰宅難民」になってしまったら   読売新聞

■防災・危機管理ジャーナリストの渡辺実氏の指南

もしもあなたが仕事をしているとき、また通勤の途中で大地震に襲われたら……。自分の身の安全を守るためにはどうしたらよいでしょうか。帰宅するかオフィスにとどまるか。もしも「帰宅難民」になってしまったら。家族との連絡方法は。防災・危機管理ジャーナリストの渡辺実氏に指南してもらいます。

東日本大震災から、5年。いまだに仮設で避難生活を送る人たちも多くいるという現実には、一日も早く元の暮らしに戻れることを祈ってやみません。

東日本大震災が起こったその日、私も東京都内で激しい揺れを感じました。JRや私鉄・地下鉄が軒並みストップして交通網がズタズタになりました。これによって多数の「帰宅難民」(帰宅困難者)が発生し、駅や地下道、避難所などで一夜を過ごしました。また、液状化などの被害も発生しました。水道や電気・ガスも止まりました。

首都直下地震が30年以内に起きる可能性が高いといわれています。その規模や発生時刻によっては、首都圏に想像を絶する甚大な被害が発生すると想定されています。また、南海トラフ巨大地震(静岡県沖から九州沖にかけて延びる海溝沿いで、100~150年周期で起きるとされる巨大地震)の被害は、最悪の場合、死者約32万人、倒壊家屋約238万棟と推計されています。

もしもみなさんが会社に勤務している最中に大地震が発生したら……。通勤途中で大地震に遭遇したら……。

自分たちの生命をどのように守ればよいのでしょうか? どのような対応をとればよいのでしょうか? 

いつ、どんなタイミングで災害が起こったとしても冷静に対応できるよう、備えを万全にしておくことが必要不可欠です。

5年前の3・11の経験を踏まえ、さらに21年前の阪神・淡路大震災からの教訓、そしてこの5年間の環境の変化も考慮に入れて、私たちが肝に銘じておくべきことと、適切な対応方法を一緒に考えてみましょう。

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勤務中に巨大地震が発生、そのときどうする?

緊急地震速報が流れたら! 数秒から数十秒以内には、大きな揺れが襲ってきます。揺れが来る前に、机の下へもぐってください。なるべく本棚やコピー機などの事務機器、そして窓ガラスから離れ、頭をカバンなどで守ってください。

その時に、腕をくの字にして頭の両脇に引きつけ、意識的に手首を内側に曲げてください。そうすることで、頭を守るとともに手首と首の両脇にある血管の中でも一番太い動脈を、ガラスなどの落下物などから守ることができるのです。

結果的に、“自分自身の命を守る”ことにつながります。まずはこれが一番です。

■超高層タワービルでは

近年、超高層タワービルの建築が進み、高層階をオフィスとするサラリーマンが多くなりました。このようなビルでは、地震が発生すると大きく水平方向に、しかも長い時間、ユサユサと揺れることを覚悟しておいてください。

今年2月6日に起きた台湾南部大地震の時に16階建て高層マンションが横倒しになりました。明らかに耐震力不足と手抜き工事が原因だと考えられます。

日本の高層ビルや超高層ビルは、台湾のような横倒しにはならないと思います。

しかし、阪神・淡路大震災のとき、神戸市内で同様の手抜き工事によると思われる高層ビルが、横倒しになったことは忘れられません。

■エレベーターに乗っていたら閉じ込められることを覚悟

地震発生と同時に停電になります。多くのエレベーターが停止し、もしそのエレベーターをあなたが利用していたならば、途中階で閉じ込められてしまう可能性があります。

消防隊やエレベーターの管理会社の人も私たちと同様、身動きできません。ですので、数日は助けが来ないまま、エレベーターの中に閉じ込められることになるかもしれません。

その際、もっとも困るのはトイレです。エレベーターに乗る前、可能な限りトイレに行っておくことも大切です。なるべくバッグや手提げなどを持ち歩き、その中にスーパーのビニール袋や携帯トイレを入れておくことを習慣化してください。

できる限りエレベーターには乗らないようにして、階段を使うことも一つの手段です。

■非常用のトイレは必須!

オフィスが高層階にあるサラリーマン、高層タワーマンションの高層階に住んでいる人たちは「高層難民」になる確率が高くなります。

エレベーターが停止した高層階へ、すぐに誰かが救助・救命に来てくれることはありません。ですので、最低10日分、できればそれ以上の備蓄をしてください。

とくに非常用トイレは必須です。私自身は、「ネコ砂」をヒントに企画・開発した災害対策用緊急トイレ、通称「Zioトイレ(ジオトイレ)」を災害時の備えとしています。これは消臭・抗菌効果が高く、非常時には必ずやその力を発揮すると思います。

みなさんも、会社や自宅に備蓄してください。

■築30年以上の建物は危険

1981年(昭和56)以前に建てられた建物(概おおむね築30年以上)は、M7クラス以上の首都直下地震に襲われると、阪神・淡路大震災の被災建物のように、一瞬にしてペシャンコになる可能性があります。

そしてその中にいる人は、建物そのものに命を奪われるということになりかねません。運が良かったとしても、生き埋めになります。

ですので、築30年以上の家やビルのオーナーの方は、早急に耐震診断をして、必要に応じて適切な耐震補強を施してください。

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■「帰宅難民」にならないために

勤務時間帯や通勤時間帯に大地震が発生したら……。あなたは間違いなく「帰宅難民」になるでしょう。

5年前の3・11で、首都圏は被災地ではありませんでした。しかしその首都圏において、「帰宅難民」が515万人も発生したと言われています。ターミナル駅などの周辺で行き場を失った人たちの姿がメディアに映し出されるのを目にした人も多いでしょう。

もし首都直下地震が起こったら、いったいどんな状況になるのか、考えるだけでゾッとします。

「帰宅難民」を発生させない対策としては、「帰るな」そして「帰すな」が原則です。最近では、この考え方がようやく浸透してきて、内閣府の防災計画にも取り入れられ、東京都は都心の事業所やデパートなどに最低3日間、従業員やお客らを帰さないで、一旦いったんとどめることを条例化し、そのための対策を進めています。

首都直下地震が起きると長い期間、首都圏の鉄道は動かなくなります。道路は車があふれ、渋滞するでしょう。橋は落ちている、というところもあります。市街地で大きな火災が発生することも予想されます。

ということは、「とても徒歩で帰宅するなんてことは困難」という状況が発生するのです。ですから、とにもかくにも移動しないことが肝心です。

■できる範囲で救助・救出を

首都直下地震が襲ったら、首都圏は被災地となるわけですから、みなさんの会社の周囲にも、けが人や生き埋めになった人がたくさんいるはずです。救助を待っても来てはくれませんから、できる範囲で救助・救出してください。そうしないと、せっかくの助かる命も助からないということになってしまいます。

火災が発生していれば消火活動をしてください。小さいうちに消火すれば大火を防ぐことができます。

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どうしても帰宅しなくてはいけないときはどうする?

「家に寝たきりの親がいる」「共稼ぎで、子どもを保育所に預けている」など、どうしても帰宅しなければならない人もいると思います。

ただ、市街地では大火が発生、橋が落ちて通行不可能、余震が頻繁に発生等々、徒歩で帰宅しようとするあなたには、生命の保証のない“ハイリスク”な状況が伴います。ですので、相当な覚悟をしたうえで、帰宅するための対応法を考えてください。

革靴で瓦礫がれきの散乱した道を歩く場合、せいぜい10キロ程度が限界、と言われています。スニーカーなど、歩きやすくかつ安全性の高い履物を勤務先に置いておく、または通勤に使うなど、“足元の耐震化”を真剣に考えて日頃から対処をしてください。

また、「帰宅難民3種の神器」として、

(1)スマホ+電池式充電器
(2)ペットボトル1本分の飲料水
(3)携帯ラジオ+予備電池

を、常にあなたの通勤バッグ等に携行しておいてください。

■激変した街の中で役に立つものとは?

さらに加えて、コンパス(磁石)も常備しておいてください。震災直後の街の姿は激変しています。普段、見慣れている道路案内は倒れ、ランドマークになる建物も崩壊してしまい、方角が全くわからなくなることも十分にありえます。その時に役立つのがコンパスです。

おおよその自宅の方向さえわかれば、コンパスで方位を判断しながら帰ることが可能です。スマホに内蔵されているコンパスがあればそれも役に立ちます。

■帰宅支援ステーションは機能するか?

震災が発生すると、災害時帰宅支援ステーション(コンビニエンスストアやファミリーレストランなど)が整備され、水・トイレ・情報などが提供されることになっています。しかし、提供される水は水道水で、断水していたら提供できません(店内のペットボトル飲料は災害時でも商品ですから勝手に持っていくことはできません)、トイレも断水していたら糞尿ふんにょうなどですぐにてんこ盛りの状態となります。

情報についてはどうでしょうか? テレビモニターが店内にあるでしょうか? 携帯ラジオがどの程度あるでしょうか?

また、コンビニなどの従業員はおそらくアルバイトがほとんどです。震災時にどのような支援ができるでしょうか。

つまり、この帰宅支援ステーションは“絵に描いた餅”になる可能性が多分にあるのです。

■今から惨状を生き抜くための防災対策を

いずれにしても、首都直下地震が起きた首都圏というのは、あなたが考えている以上にとんでもない状況になるであろうことを肝に銘じてください。

そして、そのとてつもない惨状のなかで生き抜くための防災対策を、できることからでいいので、今から本気で始めてください。

■プロフィル=渡辺実( わたなべ・みのる )

防災・危機管理ジャーナリスト。1951年(昭和26年)生まれ。工学院大学建築学科卒。(株)まちづくり計画研究所代表取締役所長。NPO法人日本災害情報サポートネットワーク顧問。技術士・防災士。

著書に『 大地震にそなえる 自分と大切な人を守る方法 』(中経出版)、『 巨大震災その時どうする? 生き残りマニュアル─家族と笑顔で再会できる危機 』(日本経済新聞出版社)など多数。◆ (株)まちづくり計画研究所の公式HP はこちら(防災に役立つグッズ、Zioトイレなどを紹介) 

<a href="http://www.kajika.net/">杜父魚文庫</a>

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