■日本大学危機管理学部教授 勝股秀通氏の論評
日独仏3か国が参画を目指したオーストラリアの次期潜水艦計画で、ターンブル豪首相は26日、フランスの造船大手DCNSを共同開発相手に決めたと発表した。
一時は有利と伝えられていた日本の落選の裏には、何があったのか。安全保障に詳しい元読売新聞編集委員で、日本大学危機管理学部の勝股秀通教授に解説してもらった。
日本とドイツ、フランスが受注を競ってきたオーストラリアの次期潜水艦(SEA1000)事業で、日本の提案が落選した。実は、豪政府が共同開発の相手先を公表する1週間ほど前の段階で、防衛省には、仏DCNS社が推す「バラクーダ型」が最有力候補に浮上しているという厳しい情報がもたらされていたという。
わずか2か月前には、訪日したビショップ豪外相が中谷防衛相と会談、できるだけ早く選定を終えることを約束した。4月に行われる日豪演習に日本が推す「そうりゅう型」の『はくりゅう』が参加し、シドニー港に寄港することなども公表されており、豪州国内のメディアも「日本が有力」との観測を報じていた。
しかも、豪海軍が要求する4000トン級の通常動力型潜水艦は、独仏両国とも机上のプランだけで現物はなく、日本だけが海上自衛隊がすでに運用している最先端のそうりゅう型を提案していた。
こうした状況下で、私も当時、受注競争に携わる政府関係者から「8割方、日本が受注できる」との感触を得ていた。それだけに今回、仏企業を選定した豪政府の26日の決定は、日本政府にとってまさに天国から地獄に落とされたと言ってもいいだろう。
■経験不足も要因だが……
日本が受注を逃したことを受け、メディアは官民一体となったアピール不足など本格的な武器輸出への経験不足をその理由に挙げている。指摘のように、独仏に比べ、政府も企業も立ち遅れたのは事実だ。
潜水艦の建造を担う三菱重工業と川崎重工業の両社は、国内防衛産業のリーディングカンパニーだ。一昨年4月、政府が条件付きで武器や関連技術の移転を認める「防衛装備移転3原則」を閣議決定した。とはいえ両社とも、当初は無理して海外に売り込みにいかなくても、これまで通り唯一の取引先である防衛省・自衛隊から得られる利益だけで十分という意識も強かった。
今回、三菱重工業が本格的な受注活動をスタートさせたのは2015年の夏からだ。その後、同社の最高幹部が相次いで現地を訪れた。しかし、独仏はすでにオーストラリアの政界や軍に対し、活発なロビイングを展開。仏DCNS社に至っては、同年4月には現地法人を設立するなど官民一体となったPR活動に乗り出していた。
出遅れた理由を大手防衛装備品メーカーの幹部に尋ねると、「海外で武器の展示をしようとすれば、所管する経済産業省から、展示内容や配布するパンフレットにさまざまな注文が付く。わずらわしくて満足な活動ができない」とこぼしていたことを覚えている。それでも、政府と企業が今回の受注競争を勝ち抜けると思った最大の理由は、強固な日米同盟を背景に、最終的には米政府の後押しがあると考えていたからだろう。
■幻の潜水艦ネットワーク構想
日本がSEA1000事業の受注競争に乗り出すきっかけは、安倍首相との極めて良好な関係を背景に、当時のアボット豪首相が日本に参加を促したことだった。昨年9月、アボット首相が突然の政変で失脚し、「中国に近い」と評されているターンブル氏が首相に就任しても、政府に強い危機感はなかった。南シナ海における人工島建設など中国の攻撃的な海洋進出に対して、日米豪は脅威認識を共有し、連携することで一致していたからだ。
しかも日豪で潜水艦を建造することになれば、20年後、30年後には、日豪で共同開発した新たな潜水艦を、東南アジアからインドに至る多くの国々に輸出することができるという壮大な構想も語られていた。「それを強く望んでいたのは米海軍だった」と、海上自衛隊幹部も明かす。
中国の海軍力に対抗するため、インドをはじめ、ベトナムやインドネシアなどが潜水艦を就役させ、もしくは保有を計画している。しかし、その大半は1980年代から運用が始まり、改良が続けられているロシアの「キロ級」と呼ばれる通常動力型潜水艦なのだ。
当たり前のことだが、潜水艦購入の際、ロシアはキロ級潜水艦の機密保持を購入国に徹底させている。このため米海軍が中国海軍の脅威を念頭に、南シナ海や太平洋で各国と連携しながら潜水艦を運用しようと思っても、キロ級潜水艦のグループと共同行動することは難しい。
そのかわり、将来こうした国々が日豪で開発した潜水艦を運用することになれば、米海軍を中心とした潜水艦のネットワークが構築できる。こうした海洋の安定を目指した構想を、同盟関係を背景に、米海軍の意向を受けた米政府が豪政府に強く働きかけてくれるはずだという期待があったのだ。
■はしご外した?米政府
だが、対中「弱腰」外交のオバマ大統領やライス米大統領補佐官(国家安全保障担当)らホワイトハウスの中枢が、日本の期待に応えることはなかった。
中国が南シナ海で続ける人工島建設など海洋秩序の破壊活動に対し、米政府が「航行の自由作戦」を命じたのは、米海軍から作戦の早期実施を強く求められてから5か月後だった。中国の脅威に対し、軍事力を背景に抑止すべきとする米海軍と、対話による問題解決を期待するオバマ政権との間には、大きな溝があることは明らかだった。
防衛省には、仏DCNS社が推す「バラクーダ型」が最有力候補であるとの情報と前後して、こんな情報も伝えられていたという。それは、潜水艦の選定について、オバマ米大統領はターンブル豪首相に一切注文を付けず、自由に選んでくださいと伝えたようだ、というものだ。
南シナ海など中国の攻撃的な海洋進出をめぐって、日米豪は連携を強めているが、独仏をはじめ欧州各国の中国に対する感度は鈍い。
経済的な期待から中国への武器輸出を望む声まで聞こえてくるほどだ。豪政府が日本と共同開発を決めれば中国の反発は必至なだけに、対話を重視するオバマ政権は傍観する道を選んだのだろう。この時点で、豪海軍の次期潜水艦をめぐる受注競争は終わったと言っていい。
確かに、豪州の失業率は約6%で、20歳代以下の若年層は10%を超すとされる。今夏に議会選挙を控えるターンブル首相にとって雇用対策は喫緊の課題であり、造船所のあるアデレードの雇用確保を約束した仏企業の作戦勝ちでもある。
しかも、「日本が有利」という報道を受け、今年に入ってからは中国政府も日本の潜水艦を受注しないよう豪政府に対する圧力を強めていた。日本落選の要因はさまざまだが、最後になって、米政府から“はしごを外された”と思うのは、私だけではあるまい。
■プロフィル=勝股秀通( かつまた・ひでみち )
日本大学危機管理学部教授。千葉県生まれ。青山学院大卒。1983年に読売新聞社入社、93年から防衛省・自衛隊の取材を担当。99年には、民間人で初めて防衛大学校総合安全保障研究科(修士課程)を修了。
解説部長兼論説委員、編集委員(防衛問題担当)などを経て、2016年4月から現職。著書は『自衛隊、動く』(14年5月刊・ウェッジ)、共著は『日本の安全保障と防衛政策』(13年12月刊・同)など。
<a href="http://www.kajika.net/">杜父魚文庫</a>
コメント