■参院選18歳選挙権へのヒント 新潟県立大学教授 浅羽祐樹
先の韓国総選挙は大半の予想に反して、与党セヌリ党が第2党に転落するという惨敗に終わった。
各種世論調査はもちろん行われたのに、予想はことごとく外れた。
そのナゾを解くカギのひとつは、若者が投票行動によって見せた「反乱」を世論調査が捕捉しきれなかったことにあると見られる。今回の韓国総選挙では水面下で何が起きていたのか。日本には伝わってこない韓国選挙の裏事情を新潟県立大学の浅羽教授が解説する。
■的外れだった世論調査
4月13日に行われた韓国総選挙は、「与党セヌリ党が過半数を維持する」と誰もが思っていた。ところが、実際にはセヌリ党は国会定数300のうち122議席しか獲得できないばかりか、第2党に転落する惨敗という結果だった。
現地マスコミが実施した事前の世論調査では、各社が同じ「与党勝利」という予測だった。にもかかわらず、なぜこぞって大きく外れたのか。それしか使えるデータがない中で、韓国ウォッチや外国報道はどのようにあるべきなのか、考察したい。
韓国は「サーベイ・デモクラシー」と形容されるくらい世論調査が多方面で頻繁に利用されている。大統領支持や支持政党を尋ねる世論調査は「韓国ギャラップ」や「リアルメーター」という専門調査機関が毎週実施していて、読売新聞ソウル支局や在韓日本大使館、私のような研究者も常にフォローしている。もちろん、韓国マスコミ各社も、昨年末の日韓「慰安婦」合意など争点のあるテーマが浮上するたびに実施し、世論をそのまま伝えるというよりもむしろリードしようとする。
総選挙や大統領選挙に向けて各政党で候補者を選出するときにも、世論調査がしばしば用いられてきた。党員選挙とは異なって、一般の有権者に対する候補者の「本選競争力」を確認できるし、アメリカのように誰でも参加できる予備選挙(オープン・プライマリー)よりも手軽である。政治的なインパクトが大きい分、調査のあり方や読み解き方が厳しく問われるのは当然である。
今回の総選挙でも、いまでは人口の半数しか持っていない固定電話だけが調査対象とされた。韓国は世界有数のスマートフォン大国で、高齢層もLINEやカカオトークなどのアプリを活用しているが、若年層の自宅には日本以上に電話がない。しかも、単独世帯が増えているため、「家族の中で年齢が高いほうから3番目の人に代わってほしい」というような補正も利かせにくい。
世論調査の精度を保つには、スマートフォンでしかアクセスできない若年層の意向を適切に把握することが重要である。
日本の衆院選と同じ小選挙区比例代表並立制で行われる韓国総選挙の結果を正確に予測するためには、選挙区ごとに一つずつ票読みを積み上げていくしかない。そのためには、選挙区ごとに有権者が所有するスマートフォンの番号が欠かせないが、番号は政党にだけ開示されている(個人が特定されないように「加工」されているとはいえ驚きである)。対照的に、スマートフォンの番号開示は報道の自由には含まれておらず、マスコミは利用できない。
他にも、アナウンス効果の影響を小さくするために世論調査の結果を投票6日前から公表できないなど選挙報道に関する法規制が少なくない。有権者に対する全数調査ともいえる選挙を前に、その一部サンプルに対する世論調査はいかにあるべきか、考えさせられる。
■年齢層ごとの有権者数×投票率×政党支持の偏り
それでは、若年層が今回は投票に行ったのはなぜなのか。
韓国では、20代・30代は恋愛、結婚、出産の3つを放棄せざるをえない「3放世代」といわれている。失業率も10%超と高く、マイホームや人間関係、さらには夢や希望さえ諦める「7放」へと深刻化している。
一方、地獄になぞらえて「ヘル朝鮮」と自ら揶揄する韓国社会においても、「銀のスプーン」「金のスプーン」を口にくわえて生まれた財閥の子息はただれそれだけの理由で「王子」「姫」扱いされる。
こうして立場の甲乙が出自で固定化されると、不公平感が強まる。8つ目の「放」、つまり「愛国心」も失いつつある若年層は、「EXIT」(棄権や移民、さらには「命の放棄」)ではなく、自ら「声」を候補者や政党、そして国会へ届けようとしたのである。それは、代表のあり方への「VOICE(異論)」であり、よき政治共同体へのコミットメントがまだ残っている証左だった。
日本でも、この7月の参議院選挙から18歳へと選挙権年齢が引き下げられた。高校でも主権者教育が始まり、「何か変わる」「何か変えられる」という漠然とした期待が高まっているが、根拠がはっきりしない場合も少なくない。
男子普通選挙(1928年)や男女普通選挙(46年)のときと同じように、新たに有権者が加わることで政治が変わるかどうかは、それまで十分に代表されなかった利害・関心や規範がまとまって表出・集約されるか、にかかっている。
政治のダイナミズムを決める「年齢層ごとの有権者数×投票率×政党支持の偏り」という方程式において、日本も若年層の絶対数や比率が今後さらに減っていき、これまで若年層ほど投票率が低かったのは韓国と同じである。日本が韓国と違うのは、年齢層ごとに支持政党や内閣支持に大きな差がないことだ。このままでは、たとえ240万人の18・19歳がこぞって投票したところで、それだけでは別に何も変わらないままに終わる蓋然性が高い。
政治を変えるためには、若年層に限らず、年齢や所得、性別など社会経済的な属性に沿って、独自の利害・関心や規範をまず自覚し、その上で体系的に組織化する必要がある。日本の若年層の場合、韓国の「3放世代」に匹敵する特異な集合的経験をしているのだろうか。国会前で安保法制に関するデモを続けたSEALDs(シールズ)が若年層の声を代弁しているという客観的なデータはない。
各政党にとっても、「新規顧客」を惹ひきつけるためには、アジェンダ(議題/争点)を巧うまく設定する必要がある。最初の「購買(支持)」経験はその後の「囲い込み」につなげやすいが、「従来のお得意様」との間でパイの取り合いになっては元も子もない。保革の政策軸以上に、新旧の有権者の間でのポジショニングが難しい。
奇しくも憲法記念日の今日、すべからく「日本国民は、正当に選挙された国会における代表を通じて行動」(日本国憲法前文)するという代議制民主主義のあり方について、いま一度徹底的に問い直したいものである(参考になるのは『代議制民主主義―「民意」と「政治家」を問い直す』=待鳥聡史著、中公新書)。カギは、参院選が近づいているとはいえ、党派性をひとまず括弧に入れて、できるだけ論理的かつ体系的にアプローチすることである。
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