未分類 593 昭和二十一年春 松元眞 二十一年四月十日早朝、母のハミングで、私は目覚めた。まだ薄暗かった。弾んだ声は、裏の家庭菜園から聞こえてきていた。映画「愛染かつら」の主題歌だった。機嫌のいい日には、出だしから声に張りがあった。「やっぱり、市川房枝は偉かった」土間に入りかけ... 2007.05.23 未分類
未分類 592 不忍池の河豚 吉田仁 二月九日は“ふくの日”だ。平仮名で書かれるとまぎらわしいが,服ではない,河豚である。関西以南では,関東のように“ふぐ”と濁らない。そこで二月九日を“ふくの日”と決めた。決めたのは本場山口県の下関ふく連盟。一九八〇年(昭和五十五)のことだとい... 2007.05.23 未分類
未分類 591 心をこめて生きる 一ノ瀬綾 学ぶ、という文字を見ると、私の脳裏には反射的に、学校、という文字が浮かぶ。続いて、学歴、知識、教養・・・と連想が湧くのだが、これはたぶん私のコンプレックスのせいだと思う。ちなみに、私の最終学歴は中学卒業である。終戦の年に旧制の女学校に入学し... 2007.05.23 未分類
未分類 590 刎頚の友じゃない 渡部亮次郎 刎頚(ふんけい)の友。刎頚の交わりとは「その友人のためなら、仮令、首を斬られても後悔しないほどの真実の交友。生死を共にする親しい交際」と説明するのは広辞苑(岩波書店)。ロッキード事件のとき登場した国際興業の小佐野賢治が元首相田中角栄の刎頚の... 2007.05.22 未分類
未分類 589 戊辰戦争と岩手県人 古澤襄 陸・海軍の将星を輩出した岩手の風土と歴史は、明治維新以降の日本近代史の興味あるテーマである。現代史懇話会の『史』にいくつかの優れたエッセイを発表した古津四郎氏が亡くなって久しいが、旧制盛岡中学の出身である古津氏は、このテーマを晩年の仕事の中... 2007.05.22 未分類
未分類 588 芥川龍之介と鰻 吉田仁 関東で梅雨が明ける平均日は七月十八日だという。ことしの大暑は,その四日後の二十二日。いよいよ夏本番である。芥川龍之介に“破調”と前書きした句がある。 兎も片耳垂るる大暑かな『追想 芥川龍之介』にあった文夫人の,“この字足らずがねえ”という... 2007.05.22 未分類
未分類 587 ふるさと 安田紀夫 利根川沿いの町守谷という所に移り住んで8年になる。笹川繁蔵と飯岡助五郎が争った利根川河口から直線距離にして60キロメートル上流。人口4万8千人、1割が東京方面へ通うという新興の郊外タウンだ。霞ヶ関までバスと電車を乗り継いで1時間50分、どう... 2007.05.22 未分類
未分類 586 浅草通い 松元眞 稲荷町の仏具屋の前を通るとき、私は必ず小走りになった。燈火管制下の町並みは、暗い。僅かな月明りが、陳列された仏壇にはねかえり、鈍い金色の列がつづく。不気味なショーウィンドーを横目に十メートルも走ると、必ず野犬が吠えたてて追ってきた。時によっ... 2007.05.22 未分類
未分類 585 「お受験」戦争 岡田光正 受験という言葉は大学入試を意味するものと思っていたが、最近ではそうではないらしい。幼稚園に行っている孫が来年春から小学校という時期になって、ガ然親の目の色が変わり始めて、オジイチャンである私もようやく事態の深刻さに気がついた。近くの公立小学... 2007.05.22 未分類
未分類 584 ふるさと喪失に思う 一ノ瀬綾 東京で暮らして二十七年になる。二十八歳で上京したから、田舎と都会暮らしがほぼ半々になろうとしている。老後の心配が胸をよぎるようになった。郷里の村で宅地用地の分譲を始めると聞いたので、村の友人にようすを訊いてみた。「地価は坪五万円ぐらいだけど... 2007.05.22 未分類