元文元年 丙辰(ヒノエタツ・・・1736年)の記録
①御代官 毛馬内権左エ門 五月沢内にて病死。御代りとして照井多左エ門様お出でになる。葬儀等の後始末は、どうなされたものて゛あろうか。代官毛馬内様の遺体は、ご自宅に運ばれたのであろうか。ご自宅が盛岡にあったとすれば一日がかりのはずである。越中畑の関所役人の妻が亡くなった時には関所役宅の近くに葬ったと伝えられ、お墓もあったということである。当時は土葬がほとんどであったということであるから、あるいは代官所のある新町のどこかにお墓がああるかもしれない。
「沢内年代記」を読み解く(九) 高橋繁
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