岸丈夫さんの「阿片吸引の図」 古沢襄

漫画家・杉浦幸雄さんの義兄に岸丈夫さんという戦前に売れた漫画家がいた。岸丈夫さんは岩手県西和賀町沢内の出身、漫画家になる前に油絵の洋画家だった時代がある。昭和9年(1934)にふらりと満州旅行に出た。

ハルピンで阿片窟を訪れ、その凄惨さに驚愕して「阿片吸引の図」を描いている。チャイナドレスの女性が阿片を吸う姿を描いているが、遠近法をうまく使った神秘的な油絵。数年前のこの油絵が発見されて、西和賀町沢内の玉泉寺資料館に展示されている。

ハルピンの阿片窟は傳家甸の大観園だったという。

満州国は昭和7年(1932)12月20日に「阿片緝私法」を制定して、アヘン法違反者を摘発、密売アヘンを強制没収する措置をとったが、2年経った後にもハルピンで阿片窟があったことを示す貴重な歴史資料になっている。

満州国政府は阿片法が施行によって首都・新京で緝私隊による押収が進み撲滅に成功したが、密売業者は警察の手の届かない北辺のハルピンなどでひそかに阿片窟を作っていた。岸丈夫さんは密売業者にカネを握らせ、阿片窟に入ることができた。

満州国にいた女真族が南下して万里の長城を越えて、明王朝を倒し清王朝を作った。その清王朝末期にイギリス東インド貿易会社がインドで栽培し精製したアヘンを中国に持ち込み、その貿易取引から膨大な利益をあげている。

清王朝はアヘン輸入を防ぐために起こしたのがアヘン戦争だったが、近代兵器で武装したイギリス軍の敵ではなかった。清王朝が倒れた後の中国は欧州列強の侵略に曝された。麻薬に対して死刑をもって臨む中国の態度はアヘン戦争が根底にある。

岸丈夫さんの「阿片吸引の図」には、長い煙管でアヘンを吸って陶然としている若い中国人の女性が描かれている。アヘンは肉体的苦痛や精神的苦痛を和らげる薬用効果があるが、常用しているとアヘン中毒症状を起こして、禁断症状が現れ肉体も精神もボロボロになる。

滅びた清王朝が故地である満州に戻った時に、女真族がアヘン吸引の習慣を持ち帰ったのであろうか。日本の麻薬業者が中国官憲に逮捕された土地も満州である。「阿片吸引の図」の女性が若い美女として描かれているだけに、麻薬の恐ろしさを感じてしまう。

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