夏が深まると、終戦記念日の接近を思わせ、戦争について考えさせられます。その日本による対米戦争の重要な部分を現代のアメリカ側からみた本の紹介です。
<<【あめりかノート】ワシントン駐在編集特別委員・古森義久>>2011年12月02日
■よみがえる山本五十六
今月8日は日米開戦からちょうど70年となる。20年前の1991年のパールハーバー記念日は50周年とあって、現地で大規模な式典が催された。私も日本軍が沈めた戦艦の残骸の上のアリゾナ記念館で先代のブッシュ大統領が戦死者への追悼を述べるのに耳を傾けた。
ブッシュ氏は日本に恨みはないと繰り返し、友好の実績を強調した。だが、「パールハーバー生存者連盟」のメンバーが6千人も式典に加わっていた。日本軍の 攻撃時に現地で軍務にあった旧将兵によるこの会は半世紀が過ぎても全米で1万2千人が健在だった。だから「多くの戦友は日本軍のスニーク・アタック(だま し討ち)に不意をつかれ殺された」という非難の声もなお出ていた。
日米間の戦争を人間同士の殺し合いの歴史としてまだ皮膚でなまなましく感じさせられた記念日だった。
だがそれから20年、米国側のパールハーバーへの思いはずいぶんと変わったものだと認識させられた。抑制とか自省という表現を連想させられる変化なのだ。 その変化は11月はじめに出版された日米戦史「太平洋の試練」を読んでの実感だった。著者は44歳の歴史研究者、イアン・トール氏で、ノートン社刊。大手 新聞各紙がすでに大きな書評で紹介し、話題の書となってきた。
同書は開戦冒頭の半年、とくにパールハーバーへの日本軍奇襲の成功とミッ ドウェー海戦での米軍の圧勝という二大作戦に多角的な光を当てた。主眼は二大戦闘にしぼり、日米両海軍の戦略や戦術を精密に紹介しているものの、開戦まで の日本側の事情を明治にまでさかのぼって解説した点が類似の戦記とは異なる。
日本にとってロシアとの戦争も不可避の事態として描かれ、 日本軍将兵の武勇や礼節を正面からたたえている。米国との協調を求めた日本がカリフォルニアの排日運動で傷つけられた経緯をも詳述する。満州事変以降の日 本の動きについては従来の米側歴史家の一方的断罪にも流れるが、日本が中国からの全面撤退要求や石油禁輸に直面し、選択肢を失っていく状況も客観的に伝え ていた。
しかし同書の最大の特徴は戦争の当事者たちの人間像を日米均等な視線で追ったことだろう。政治指導者から提督、一兵卒まで膨大な資料を駆使して、その言動の人間的軌跡をわかりやすく伝えている。なかでもとくにハイライトを浴びるのは連合艦隊の山本五十六司令長官である。
同書は山本長官を「例外的な天然のカリスマを有し、国と部下を愛した豪胆な人物」とほめながらも、ミッドウェー海戦での決定的な敗北の責任者とも評する。 ギャンブルや恋愛を楽しみながらも、米国との戦争に反対し続けた英知も指摘する。その意味ではこの書は、今の米国民にとって多様な顔でよみがえる山本五十 六像の提示だともいえそうだ。
山本長官についての米書はすでにかなり世に出たが、戦史にその人間像をここまで盛り込んだ作品は初めてだろう。しかも敵将としてよりもまず人間としてという視点なのだ。
著者のトール氏は5年前に米海軍の起源を書いた大作でデビューし、幾多の賞を得た海軍史の気鋭作家で、11歳からの3年間、両親とともに日本で暮らした。 本書の「人間的な視点」について本人に問うと、「疑いなく自分自身の日本での生活、日本の人との親しい交流が主要因だと思います」と答えるのだった。(ワ シントン駐在編集特別委員)