北アジアや西アジアの歴史に魅せれた私は、中国西北部の詳細地図を書斎に飾っている。それを見ていると遠くイランの地から、草原を渡ってシベリアのバイカル湖まできた古代トルコ民族の姿が浮かんでくる。
バイカル湖には二度、訪れたが、インド北部を目指して飛び立つインドガンが途中で羽を休める中国の青海湖、モンゴルのウブス湖には、まだ行けないでいる。古代トルコ民族が通った道は、インドガンの飛翔経路と重なるのではないか。
鳥インフルエンザで一躍知られるようになった青海省の「青海湖国家級自然保護区」は想像するより近場にある。青海湖は昆崙山脈東端に位置しているが、遙かタクラマカン砂漠の彼方のような錯覚に襲われていた。
青海湖は日本人が観光でよく訪れる蘭州(ランチョウ)市の西の湖。蘭州市は東北の秋田市と姉妹都市になっているので、中国からの留学生が秋田県にも来ている。そんな縁があって蘭州市で有名な「絲路花雨」というシルクロードを描いてた舞踊劇を秋田市で上演したことがある。
野鳥の会でも青海湖は知られている。湿地保護のためのラムサール条約で重要湿地に指定されていて、インドガンなどはインドで越冬した後に青海湖に飛来して繁殖活動をしている。
蘭州市と青海湖を結ぶ中間地に西寧(シーニン)市がある。平均海抜2260メートル、周りを山に囲まれた天然の避暑地として有名。ここでも鳥インフルエンザが発生して、感染した鶏を焼却していたそうだ。
西寧の名は「西陲安寧」からくる。”西端の地を平穏に”との意味なのだが、鳥インフルエンザが発生しては、平穏な西端の地ではなくなった。渡り鳥が鳥インフルエンザに罹ると、被害が世界的に広がるから空恐ろしい。
渡り鳥は寒い時期には、国境を越えて暖かい土地へ、乾期になると雨の多い土地へ、子育ての時期にはエサ場を求めて北に去る。日本で見られる水鳥たちは、夏の間シベリアで子供を育て、寒い冬を、日本や東南アジア、オーストラリアなどで過ごすという。冬には凍りついてしまうシベリアの大地も、夏の間は広大な湿原地帯が広がり、水鳥たちのエサになる植物や小動物が大量に発生している。
夏に日本を訪れる鳥を「夏鳥」、冬に訪れる鳥を「冬鳥」、渡りの途中で日本に立ち寄る鳥を「旅鳥」と呼ぶそうだ。「旅烏(カラス)」ではない。「旅烏(カラス)」は東海道筋のヤクザ、上州に行っても行動半径は知れている。「旅鳥」は遙か赤道を越えて南半球のオーストラリアまで飛翔する。人間よりも鳥の方がスケールが大きいのは痛快ではないか。
だが、渡り鳥の小さな頭脳に、どのようなナビゲーターが搭載されているのだろうか。研究者たちにとって「渡りのメカニズム」が久しく謎であった。渡り鳥はなぜ、正確に、遠く離れた目的地にたどり着くことができるのだろうか?
これまでに行われた研究から、渡り鳥が方向を知るにはいくつかの仕組みがあることが分かってきている。昼間に渡りをする鳥は、太陽と自分のいる位置を比較して、渡りの方向を判定することができるという。夜間に渡りをする鳥は、北極星とその周辺にある星座を手がかりに、渡りの方向を判定するとされてきた。
とは言うものの、鳥が説明してくれたわけではないから、人間が勝手な推測したに過ぎない。本当に渡り鳥が満天の星座を読みとることが出来るのだろうか、雨が降ったり、曇天で星が見えない時は、どうするのだろうか?と意地悪く考えてしまうのは、疑いっぽい私の悪い癖。
温暖な日本列島は渡り鳥にとって恰好の越冬地なのだろう。だが近来、宅地開発によって渡り鳥のすみかとなっていた湖沼や湿地帯、海浜が急速に失われている。カモ科のサカツラガンは湿地帯に渡ってくる冬鳥だが、滅多に見られなくなった。インドガンはもともと日本には渡ってこない。
インドガンの映像を入手した。美しい渡り鳥で逞しい。インド北部で越冬し、チベットの山岳地帯を越えて、シベリアのバイカル湖を目指して飛翔してくる。その途中で中国の青海湖、モンゴルのウブス湖で羽を休める。青海湖で一番人気がある渡り鳥だというが、頭に茶色い二筋の縦縞が入っていて、鮮やかなオレンジ色の嘴、白い羽・・・まさに渡り鳥の王者の風格がある。
モンゴル人民共和国で最大の湖がウブス湖なのだが、湖と周辺湿地帯の鳥類は220種、ユーラシアヘラサギ、インドガン、オジロワシ、オオハクチョウなどが群がっているという。3000メートル級の山々がウブス湖を囲むように連なっていて、ユネスコの生物圏保護区に指定されていて美しい景観をみせているという。
青海湖((面積5694平方km)は琵琶湖の六倍、ウブス湖(面積3350平方km)が三・五倍というからケタが違う。バイカル湖(面積31500平方km)に至っては琵琶湖の五〇倍の広さというから、湖というより海の感じを受けた。集まる渡り鳥、水鳥の種類も数も日本で考えるスケールを遙かに超えている。いつの日にか、青海湖、ウブス湖、バイカル湖巡りをして、インドガンをこの目で見たいと思うのだが・・・。