中国とツナミで気力を取り戻した日本  古澤襄

この20年間、日本はバブル崩壊後の沈滞と閉塞感に閉ざされていた。国内的には財政赤字を減らす健全財政が合い言葉になり、外交的には中国や韓国を刺激しない自虐史観に沈殿してきた。言うなら臆病なくらい安全運転のソロソロ歩きに徹してきた。

その日本が安倍内閣の登場で長く失われていた力の源泉を再発見したかに見える。イギリスのフィナンシャル・タイムズは「アベノミクスに沸く日本だが、一体何が急激な変化をもたらしたのか」の表題で、長文の論評(5月9日付)を発表している。

停滞と閉塞感に閉ざされたEUにとって、安倍政権の大胆な実験は驚きをもって迎えられている。イギリスではEU離脱論まで生まれているだけに関心が深い。

フィナンシャル・タイムズは、日本の支配者層にこれほど急激に針路を変えさせたのは何なのか、という疑問に対して二つの強力な要因を挙げている。

一つは東日本大災害を引き起こし、福島原発事故の発生原因となった「ツナミ」である。この大災害で日本で他国なら発生するであろう暴動が起こらず、国をあげて復興に取り組んだ。

日本人は当初、協力してエネルギー消費を減らすことによって、国内のすべての原子力発電所の運転停止を受けた潜在的なエネルギー危機を回避した。だが、値段が高く、不安定なエネルギー供給に対する産業界の懸念から、大量の国外脱出が起きるのではないかという不安が高まった。

企業はただでさえ、円高、極めて高い法人税、貿易協定の不足、厳しい排出削減目標について不満を漏らしていた。この20~30年で初めて、産業全体が逃げ出すのではないかという正真正銘の疑問が生じたとしている。

この危機的状況を安倍政権は日本経済の活性化という大胆なアベノミクスによる拡大経済路線に転換した。まず円相場は対ドルで77円から100円近くまで下落し、輸出業者に恩恵をもたらした。さらに幅広い銘柄を網羅する東証株価指数(TOPIX)は6カ月間で65%上昇し、過去数十年間なかった大幅な伸びを示している。

市場の興奮は実体経済に伝わり始めている。この動きは、デフレの罠から抜け出せば、利益、賃金、個人消費、税収が増加する自己増殖的なサイクルを生み出すことができる。

二つ目は経済規模で2010年に日本を追い越した中国の影響である。自信を持った中国は、日本の施政下にある尖閣諸島(中国名・釣魚島)に対する領有権の主張を一段と強めている。安倍氏が自民党総裁――首相への前段階――に選出される直前には、中国全土の50余りの都市で激しい反日デモが起きた。

フィナンシャル・タイムズは、日本が目的意識を持った指導者を見つけたとすれば、中国に感謝すべきなのかもしれない・・・と皮肉な結果を生んだことを指摘した。これは日本が長く失われていた力の源泉を再発見したことに繋がる。

日本の安全保障に関する不安と経済の弱体化という意識の関係は、古くて根深い。一言で言えば、それは、日本の経済が弱ければ、自国を守る力も弱いことを意味する。

安倍首相は2月にワシントンで行った「Japan is Back(日本は戻ってきた)」と題した講演で、この関係を明確にした。「日本は常に強くなければならない。まず経済面で強くなければならず、国防でも強くなければならない」

フィナンシャル・タイムズは「日本は想定以上の前進を遂げる」と分析した。何年も漂流した末に、日本はついに行動に移った。歴史が何らかの指針になるとすれば、コンセンサスが得られた今、日本は20年間ためらってきた後で、想定されるよりも早く、そしてより大きな決意を持って前進するだろう、とみている。

何よりも安倍内閣の支持率が70%を越えているのに対して、アベノミクスを批判する野党は、いずれもヒトケタ支持しか得ていない。

つまり安倍政権の政策は誰も予想できなかったほどうまく機能しているということになる。「少なくとも、これまでのところは」という条件付きではあるが・・・。

<日本が長く失われていた力の源泉を再発見したことで興奮が渦巻く中、1つ、ほとんど問われないままになっている疑問がある。日本の支配者層にこれほど急激に針路を変えさせたのは何なのか、という疑問だ。

時の権力者たちは、ある瞬間には、デフレについて打つ手はほとんどないと思っていた。ところが次の瞬間には、すべての人が新首相の安倍晋三氏と、15年に及ぶ物価下落を反転させるという同氏の使命の下に結集していた。

政策の転換が非常に劇的で、市場があまりに素早く反応したため、誰もがお金を儲けるのに忙し過ぎ、何がその変化をもたらしたのか気にする暇がない。

■アベノミクスに沸く日本、投資家の挨拶は「安倍万歳」?

円相場は対ドルで77円から100円近くまで下落し、輸出業者に恩恵をもたらしている。幅広い銘柄を網羅する東証株価指数(TOPIX)は6カ月間で65%上昇し、過去数十年間なかった大幅な伸びを示している。

アーカス・リサーチのアナリスト、ピーター・タスカ氏によれば、株式市場の上昇によって日本企業の株式時価総額は150兆円、ドル換算で1兆5000億ドル近く増えた。投資家は思いがけない儲けに大喜びしており、今では、電子メールを「安倍万歳」という言葉で締めくくるのが習慣的になっている、とタスカ氏は冗談を言う。

市場の興奮は実体経済に伝わり始めている。この動きは、デフレの罠から抜け出せば、利益、賃金、個人消費、税収が増加する自己増殖的なサイクルを生み出すことができると主張する人たちの見方を裏付けている。

2013年3月期に純利益が前期比約3倍の100億ドル近くに達したトヨタ自動車は8日、今期は利益がさらに40%増加する見通しだと述べた。証券会社は国内投資家の新たなリスク選好から恩恵を受けるため、野村証券と大和証券でも利益が急増している。

3月には、大手小売業者の売上高が20年ぶりの伸びを記録した。労働市場が需給逼迫の兆しを見せる中、一部企業では賃金も徐々に上昇し始めている。中央銀行は今、今年の経済成長率をそれほど悪くない2.9%と予想している。

つまり、政策は誰も予想できなかったほどうまく機能しているということだ。少なくとも、これまでのところは。

■突然のギアチェンジのきっかけ

だが、そもそも何が日本にアベノミクスを受け入れさせたのだろうか? 因果関係を証明するのは決して簡単ではない。だが、突然のギアチェンジには2つの強力な要因があったように思える。2011年のツナミと中国だ。

2011年3月のツナミの活性化効果はすぐには表れなかった。日本人は当初、協力してエネルギー消費を減らすことによって、国内のすべての原子力発電所の運転停止を受けた潜在的なエネルギー危機を回避した。だが、値段が高く、不安定なエネルギー供給に対する産業界の懸念から、大量の国外脱出が起きるのではないかという不安が高まった。

企業はただでさえ、円高、極めて高い法人税、貿易協定の不足、厳しい排出削減目標について不満を漏らしていた。この20~30年で初めて、産業全体が逃げ出すのではないかという正真正銘の疑問が生じた。

2つ目の要因は、経済規模で2010年に日本を追い越した中国だ。中国政府は、日本の施政下にある尖閣諸島(中国名・釣魚島)に対する領有権の主張を一段と強めている。安倍氏が自民党総裁――首相への前段階――に選出される直前には、中国全土の50余りの都市で激しい反日デモが起きた。日本が目的意識を持った指導者を見つけたとすれば、中国に感謝すべきなのかもしれない。

日本の安全保障に関する不安と経済の弱体化という意識の関係は、古くて根深い。「富国強兵」は、1868年の明治維新後の日本の近代化のスローガンだった。安倍氏にとって、このスローガンは大きく鳴り響いている。一言で言えば、それは、日本の経済が弱ければ、自国を守る力も弱いことを意味する。

■「経済も国防も強くなければならない」

政府が都内で開催した「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」では、出席者から万歳の声が上がった。安倍氏は国家主義を放棄したわけではない。経済を復活させるという同氏の使命も全く同じ衝動から生まれている。

2月にワシントンで行った「Japan is Back(日本は戻ってきた)」と題した講演で、安倍氏はこの関係を明確にした。「日本は常に強くなければならない。まず経済面で強くなければならず、国防でも強くなければならない」

日本の大胆な経済実験の背景にあるのは、高まる愛国心だ。米軍の占領が終了した1952年に日本が主権を回復したことを祝う式典で、安倍氏や他の参加者が「天皇陛下万歳」と叫んだ時は、天皇陛下でさえ面喰った様子だった。

70%を超える支持率を得て世論調査で好調を維持する安倍首相は、日本が経済力と地政学的な影響力を同時に取り戻すことができるという考えに燃えている。

首相は2月に米国側のホストに向かい、「日米両国が協力し、この地域と世界にさらなる法の支配と民主主義、安全保障をもたらし、貧困を減らすためには、日本は強い国であり続けなければならない」と語った。

■日本は想定以上の前進を遂げる

こうした意欲は重要だ。何年も漂流した末に、日本はついに行動に移った。歴史が何らかの指針になるとすれば、コンセンサスが得られた今、日本は20年間ためらってきた後で、想定されるよりも早く、そしてより大きな決意を持って前進するだろう。

安倍氏は既に、日本経済をより厳しい競争にさらすことになるハイレベルの貿易協定「環太平洋経済連携協定(TPP)」の交渉にコミットし、多くの人を驚かせた。TPPに調印すれば、甘やかされてきた日本の農家と自民党の社会契約を反故にすることになる。

表面的には、その可能性は低いように見えるかもしれない。エネルギーと医療の自由化や労働力への女性の参加拡大など、その他の長く議論されてきた必須事項も同様だ。最近までなら、人はこうしたことが何一つ起こらない方に賭けただろう。だが、日本には新たな切迫感がある。懐疑的な向きは驚かされるかもしれない。(フィナンシャル・タイムズ)>

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です