<かつて国際列車「オリエント急行」の終着駅だったトルコ最大都市イスタンブールで、英推理作家アガサ・クリスティが定宿とした名ホテル「ペラパラス」の修復作業が本格化している。約120年前に欧州からの乗客向けに建設された当時の輝きを取り戻そうと、来年11月の再オープンを目指して全面改装作業が進んでいる。クリスティは名作「オリエント急行殺人事件」をここで書いたとされている。(イスタンブール共同)>
日別アーカイブ: 2010年1月21日
ふたつの砂漠宗教とアジア仏教 古沢襄
キリスト教とイスラム教は同根の宗教というと人は信じない。しかし、ともに旧約聖書から発した一神教である。同根なるがゆえに相容れない相克の歴史を積み重ねてきた。アメリカの政治学者サミュエル・P・ハンティントンは「文明の衝突」の著書の中で次の八つの文明をあげたが、やはりキリスト教文明とイスラム教文明を対比することに多くのページを割いている。
「新疆」の名を嫌うウイグル族 古沢襄
中国の新疆ウイグル自治区のカシュガルで起こったテロ事件は、邦人記者二人が中国の武装警官に拘束され、顔を殴られるなど暴行を受ける事件まで発生した。日本人にとって新疆ウイグル自治区は馴染みの薄いところである。
水戸はご謀叛のお家筋 古沢襄
「水戸は代々ご謀叛のお家筋」という言葉がある。播州・赤松氏の血筋と思っている私は「ご謀叛のお家筋」は人ごとではない。興味があって水戸のことを調べた時期がある。父・古沢元は藤田東湖に惚れ込んで水戸にのめり込んだが、私は「ご謀叛のお家筋」に惹かれて水戸の資料集めをした。
鬼怒川には橋がなかった 古沢襄
川の流れをみていると飽きない。40数年も大都会の人の渦ばかり見てきたから、悠然たる川の流れをみていると気持ちが和んでくる。もっとも利根川では、何やらけたたましい音をたてる水上バイクで遊ぶ若者が増えているので、もっぱら鬼怒川の方に出向いている。川を見ていると一時間ぐらいが、すぐ経ってしまう。
ドイツ海軍の膠州湾占領事件 古沢襄
大学時代の恩師が亡くなった。15日10時から東京・目黒の羅漢会館で告別式が行われるが、骨髄腫の身だから自宅でご冥福を祈るしかない。中国キリスト教史という特殊な専門分野なので新聞の訃報欄にも載っていない。ひっそりとした旅立ち・・・。
平将門の夢の跡 古沢襄
”春一番”どころか真冬に後戻りしたような寒風が吹き荒んだので、中村紀介氏と一緒に守谷城の「縄張り図」会に参加することが出来なかった。感染症に罹りやすい骨髄腫患者というのは行動を制約されるので厄介。
島津斉彬没後、百五十年 古沢襄
NHKの大河ドラマ「篤姫」が高視聴率を得ているそうだ。三年間の福岡支社長時代に年に二、三度は鹿児島に行っているのだが、天璋院が薩摩・島津藩の出であるとは、迂闊にも知らないでいた。関心はもっぱら西郷隆盛。
風化する二・二八事件 古沢襄
蒋介石が台湾に進駐してきてから半世紀以上も経った。進駐なんてものではない。大陸で毛沢東の中共軍に負けて、ほうほうの体で逃げ込んできた。親日的な台湾人は今でもそう思っている。
川中島の濃霧 古沢襄
板東太郎・利根川の橋を車で渡ると濃い霧に包まれることがある。川霧は幻想的だと呑気なことを言っておれない。老眼を見開いて対向車のライトを見定める苦労をしなければならない。私が住む茨城県の守谷市は秋から冬にかけて霧がよく発生する。
武田晴信正妻の涙 古沢襄
NHKの大河ドラマ「風林火山」は、武田・今川・北条の三国同盟を描いた。武田・北条の盟約を確かなものにするために晴信の長女を北条氏康の息子・新九郎(氏政)に嫁した。天文二十二年十二月に武田家から北条家の輿入れは、騎馬武者三千を含む一万余の行列だったという。