五月三日、シベリアで病死した父・古沢元の命日。ブリアート・モンゴル共和国にある日本人抑留者の墓地には二回詣でてお線香を手向けた。きょうは長女がくるので、仏壇に庭の花を手折って捧げよう。ついでにタバコとビールも・・。
<img src="http://img-cdn.jg.jugem.jp/233/1472844/20150202_1796745.jpg" alt="シベリアの日本人墓地" width="250" height="144" class="pict" />
シベリアの日本人墓地を詣でる遺族たちは、戦友や妻・遺児たちの世代から孫の世代に移った。
死者を弔う日本人の風習にブリアート・モンゴル共和国の高官は「大祖国戦争でナチス・ドイツと戦ってロシア平原で倒れたロシア兵の遺骨は野ざらしのまま。ドイツ兵にも死者を弔う風習はない」と死者を弔う日本の風習を見習いたいと言った。
シベリア各地を訪れて戦勝記念のオベリスクを見学し、そこにシベリア兵の戦死者の名が刻まれていたが、これは二度と戦争は起こさないという”非戦の誓い”ではない。ロシアを犯す敵国には”核使用”もいとわないという威嚇である。
死者を弔う日本の風習は、二度と戦争は起こさないという”非戦の誓い”でもある。威嚇では世界の平和は訪れない。とはいえ日本を犯す国があれば、この国土の平和を乱す者たちには国力のすべてを傾けて戦うのは言うまでもない。「犯さず、犯されず」が日本人の心である。
そんな日本人の心を伝えるために世界各地にある戦没者の鎮魂の平和の祈りをいつまでも続けたい。
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コメント
命日がわからない僕の叔父、ニュウギニアで餓死した叔父の命日はわからない。70年たったいま、ただただ、寂しい。